「ねぇ アルベルト・・・。
私、ちゃんとしてる?おかしい所とか、ない?」
ドレッサーの大きな鏡の前に座ったフランソワーズは鏡の中のアルベルトに問いかける。
「ああ。大丈夫だ。」
いつも口数の少ないアルベルトだが、今日の彼はいつも以上に無口だ。
ふだんなら、もう一言二言あるのだが、今日の彼はそんな気分ではなく、ただ、鏡の中のフランソワーズを目を細めながら見守っている。
彼のそのアイスグレーの瞳は、いつになく温かく優しく、そして、一抹の淋しさも湛えて・・・。
「髪の毛とか、お化粧とか・・・。」
「心配ない。」
「ほんと?口紅の色、赤過ぎない?もうひとつの色の方がよかったかしら。」
「ネックレスは曲がってない?」
「コサージュの位置はここでいいかしら?」
「ゆうべ、緊張しちゃってよく眠れなかったのよ。瞼が腫れぼったくないかしら?頬の辺りがむくんでいなけりゃいいんだけど・・・。それから・・・」
「だぁ〜〜・・・いい加減にしろ。髪のセットは申し分ないし、化粧もばっちりだ。口紅の色はお前の肌の白さを充分に引き立てているし、ドレスはこの上ないほどお前に似合っている。瞼は腫れぼったくはないし、頬の辺りも浮腫んじゃいない。
何より今日のお前は、俺が今まで見てきた中で一番きれいだ。
この俺が保証するんだから安心しろ。」
「ほんと?ホントにホントにホントにホントにホント?」
蒼い瞳がちょっぴりだけ不安そうに自分を見上げる。
その様子がとてもいじらしく思えて、思わず抱きしめたくなる衝動にアルベルトは駆られる。が、そこは、大人な彼。
「ああ、本当に本当に本当に本当に本当だ。」
そんな気持ちはおくびにも出さずに、太鼓判を押す事でフランソワーズの不安を打ち消してやろうとする。
「ホント?嬉しい。
誰よりも、アルベルト、あなたにそう言ってもらえるのが一番安心できるわ。」
そう言いながら無防備に自分の腕の中に飛び込んできたフランソワーズに
「おいおい。俺が一番か?」
ちょっとだけ、いやかなり嬉しそうにそう言いながら「ジョーのヤツは・・・」の一言をグッと飲み込む。
そんなアルベルトの心の内を見透かしたかのようにフランソワーズはすっと腕の中からすり抜け
「あら。ジョーは別よ。」
と無邪気な笑顔を見せながらもシレっと言ってのける。
「だろうな。そうでなきゃ困るがな・・・。」
ふふふ、やはりそうだろうな。そんな事を思いながら、今日のもう一人の主役にも思いを馳せる。
あいつは・・・ジョーは、最初の頃はおどおどとしていて、ギルモア博士から聞かされていた「最強のサイボーグ戦士」には、どう贔屓目に見ても見えなかった。
日本人は実際の年齢よりも幼く見える者が多いとは聞いていたが、ジョーのヤツはことさらそうだった。
合流直後にBGの要塞から脱出してからだって、そうだった。
皆、ただ、相手を倒し、自分が生き抜いていくことだけに必死だったのに、アイツときたら
「君たちとは、戦いたくないんだ。」
などと甘っちょろい事を抜かして・・・
何度殴りつけてやろうかと思った事か・・・。
あの時から見ると、今のヤツは本当に成長したものだ。
ただ、残念なことに戦士としてのヤツの成長は目を見張るものだったが、男としてのヤツの成長と来たら、まったく話にならない・・・オレはそう思っていた。
いや、仲間の全員がそう思っていたことと思う。きっともう一人の当事者であるフランソワーズだってそう思っていたと思う、少なくともしばらくの間はな。
それが、どうだ。
いつの間にかこういうことになっていやがった。
ったく、油断も隙もないっていうか・・・
まぁ、なるべくしてそうなった・・・といえなくもないが・・・。
あまっちょろいヤキモキさせられながらも、実は「最強のサイボーグ戦士」としてのその能力の片鱗はちゃんとみせつけられていたのだ。
自分達の能力を遥かに上回る上回る敵と対峙する時、他の皆は自分の身を守ることが精一杯だったが、ジョーはギリギリのところではあったがなんとかフランソワーズの身を庇うだけの余力はあった。いや、「余力」と言うのは正しい言い方かどうか、迷う所ではあるが・・・。ほとんど反射的というよりも本能的といった方が正しかったのかもしれない。
その結果、自身が重傷を負ってしまったことも何度となくあった。
その度に今度はフランソワーズが自身の健康状態も省みず不眠不休で看護にあたるのだ。
そしていつの間にか、集団で行動する時、彼らは常に手を伸ばせばお互いに相手にすぐ届く位置というのが定位置になっていた。
ただし、他に守るべき存在がいる時を除いて・・・。
ここら辺りが、フランソワーズが何度も傷ついてきた原因なんだがな・・・。
そこんとこは、これからの二人の課題だろうな。
そう度々八つ当たりされるんじゃ、オレもジェットも溜ったもんじゃないからな・・・。
おそらく、これは一生治るまいが・・・。
がやがやと騒がしい一団が近づいてくる気配がして、ノックとほぼ同時に部屋のドアが開いた。
「おお・・・」というどよめきと共に一瞬にして先ほどまでの静寂が戻ってきた。
「これがあのフランソワーズかよ。」
「なんですってジェット!『あの』ってなによ、『あの』って!!」
不用意にもらしたジェットの一言にフランソワーズがかみついた。
ああ、こんな時にまでまたいつもの姉弟げんかかよ・・・
そんなイヤ〜〜〜な雰囲気が辺りを包んだ一瞬
「いや・・・お前、防護服を着ているとまるっきり男だけどよ、こうやってドレスなんか着てるとまるで別人みてぇに・・・その・・・なんだな・・・きれいで・・・」
肝心の最後の方のセリフが小さくなってしまったが、そこは相手は003・・・。
「ありがとう、ジェット。」
ジェットの意外な一言にフランソワーズの瞳に涙が浮かぶかと思われた一瞬・・・
「こういうのってよ、日本じゃ『馬子にも衣装』っていうんだってな。」
ば・・・ばか、よせジェット・・・
せっかく丸く収まりかけたのに・・・。
ジェットが照れ隠しの為(?)に放った余計な一言で、フランソワーズのこめかみが怒りの為にひくつき握りこぶしに力がこもり、当の二人以外の全員が心の中で舌打ちをした時・・・
「あの〜〜〜」
という声が割って入った。
「すみません、さっきからノックしてたんですけど、お返事いただけなかったもので・・・」
教会の職員と思われる女性が白いレースを抱えて入ってきた。
「さぁ、花嫁さまのお支度の仕上げをいたしますね。」
そう言うとフランソワーズの頭上にふわりと白いベールを被せた。
フランソワーズの美しさに一同が静まり返る。
その中を先ほどの女性が
「さぁ、お嬢様のお支度が整いましたよ。」
と、廊下の外で一人佇んでいるギルモアを招き入れようとした。
「フ・・・フランソワーズ・・・」
女性が振り返ったそこには、涙でぐしゃぐしゃの顔をしたギルモアが立っていた。
「フランソワーズ・・・わしは・・・・わしは・・・」
「博士・・・」
昨夜はおそらく彼も一睡も出来なかったのであろう、真っ赤な目をしたギルモアをみつめるフランソワーズの眼差しは慈愛に満ちた年老いた父親そのものだった。
「じゃ、オレたちは、ジョーを冷やかしてから、礼拝堂に行ってるから・・・。」
なんとなく雰囲気を察したメンバーは立ち去ってしまい後に残されたギルモアとフランソワーズの二人だけ。
先ほどの係員の女性も長年の勘で、いつの間にかそっと席を外していた。
若かりし頃、研究に一途過ぎたが為に、1、2回の恋愛経験らしきものはあったもののほとんど進展することもなく、従って結婚することもなくましてや子供を持つなんてこともなかったギルモアであるが、BGから脱出して以来の長い年月をともに過ごすうちに、いつしか彼らサイボーグたちに自分の子供のような感情を抱くようになった。
それは、科学者としてのギルモアと、彼の実験材料とされた試験体サイボーグとしての彼らという、厳然たる事実の垣根を越えたものであったといえるかもしれない。
9人のサイボーグたちはみなそれぞれ可愛い自分の子供のようなもの。
そして、紅一点であるフランソワーズはとりわけ可愛い一人娘。「父親」としては、どこにもやらずにずっと手元においておきたい、そんな気持ちも無きにしも非ずだった。
しかし、その愛してやまない一人娘が幸せになるのだ。しかも、一人娘の将来を託す相手は、自分の可愛い息子の一人でもあるのだ。
何を躊躇うことがあるものか。
二人から結婚の報告を受けてからというもの、ギルモアは喜びと寂しさの入り混じった複雑な心境で今日まで来た。
「フランソワーズ・・・
わしは・・・わしは・・・」
「・・・・博士、今まで、どうもありがとうございました。」
「な・・・なんじゃフランソワーズ、いきなり改まって・・・」
心のうちに秘めてき言葉を今こそ口にしようとして、言いよどんでいたところだったので、ギルモアはフランソワーズに意表をつかれた形になってしまった。
「博士、私、幸せです。」
そう言い切ったフランソワーズの瞳はどこまでも蒼く澄み切っていて、ほんの少しの曇りも迷いもなかった。
「確かに、博士のこと、憎いと思ったことも何度もあります。
でも・・・でも、今は、博士にはとっても感謝しているんです。だって、博士がいらっしゃらなかったら、私はジョーには出会えなかった。
今はすべての人やすべてのモノに感謝したいくらい、幸せです。だから、もうこれ以上なにもおっしゃらないで・・・。博士のお気持ちはよくわかってますから。」
ずっと、心の中にあった澱がフランソワーズのこの言葉によってすっ・・・と融けていくような感覚を覚えた。
「フランソワーズ・・・幸せになっておくれ。今よりも、もっと、もっと・・・」
「博士・・・」
ギルモアの目からは滂沱のごとく涙が溢れ、そしてフランソワーズの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
そして少しの間沈黙が流れた・・・。
と・・・
静かなノックの音がして
「お式の準備が整いましたので、お二人とも礼拝堂へお越しください。」
という声がした。
「「あ・・・ はい」」
係員の女性に導かれるようにして、二人は仲間たちの待つ礼拝堂へ向かった。
新たな一歩を踏み出すために・・・
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2009/09/03