家族の風景

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「あーーーーっっ。パパ、こんなところにいたんだ!!」
驚く僕に、見知らぬ男の子がいきなり抱きついてきた。
僕の横では、フランソワーズが今にも泣き出しそうな顔で僕を見ている。
「ちょ…ちょっと」
人違いだよ、と言おうとしていたら、
「ママ、ママも迎えに来てくれたんだ!!」
男の子は今度は、フランソワーズに抱きついた。
え???僕がパパでフランソワーズがママだって?
っってことは・・・?いや、今はそんな事考えている場合じゃない。
「キミ…」
「やだな、ショウタだよ。ショウタ。」
(え????)
あまりのことに、僕とフランソワーズは顔を見合わせた。
僕とそっくりな名前。いや、それより、僕が名前を聞こうとした途端、男の子は、ショウタは自分から名乗った、僕の考えている事がわかったかのように・・・。
「ねぇ、パパ、ママ、ボクお腹すいちゃったよ。
早く家に帰って夕ご飯食べようよ…。」

     *     *     *
 
「で?連れて帰ってきたわけか?」
アルベルトが皮肉たっぷりの口調で言う。
「っったく、お前っていうヤツは、なんで、無条件にヒトを信用するんだ。」
研究所のリビングのソファーに僕達と向かい合う位置に座ったアルベルトは、(しょうのないヤツラだな)という顔で、僕達を見る。
「だってさ…。」
ドライブを兼ねた買い物の帰り道。
僕とフランソワーズは、研究所の近くの公園に立ち寄った。
夕暮れ時。
迎えにきた母親に、まだ遊びたいとダダをこねる子供たち。
家路につく部活帰りの高校生や、塾に行くところなのか、大きな鞄を背負った中学生くらいの子。
五月上旬とはいえ、夕方になるとまだまだ肌寒い。
そんな中で、僕達を両親と思いこんでいる(?)この子を、置いてくることは僕にはできなかった。
フランソワーズも同じ気持ちだったようだ。
「身体の中、透視してみたけど、普通の人間だったわ。
念の為に、イワンにも調べてもらったけど、大丈夫だって言うし…」

「あちこちにアクセスしてみたけど、ショウタに関係あると思われる情報はなかったよ。」
自室でパソコンを使って情報収集していたピュンマが、リビングに入ってくるなり言った。
「そうか…。だが、オレは気に食わないね。
大体、なんで、初対面のオレ達の名前をアイツが知っているんだ?
それに、日本人ってヤツは外人慣れしてないから、これだけ雑多な人種が、ひとつ屋根の下で暮らしているのを見たら普通ならビビッてしまうと思わないか? 
なのに、アイツは、まるで以前からの知り合みたいに、平然としていた。
いや、まるで、家族のようにオレ達の中に入りこんできた。」

「しょうたガミンナノ名前ヲ知ッテイタノハ、彼ガてれぱすダカラダヨ。」
頭の上から、イワンの声がした。
「テレパス?」
僕らは、一斉にイワンを見上げる。
「ソウ、彼ハてれぱすダヨ。デモ、心配イラナイヨ。
彼ノ能力(チカラ)ハ、トテモ弱イモノダ。心ノ極表面シカ、読ムコトハデキナイ。」
「でも、もし僕らの正体が彼に判ってしまったら?」
「大丈夫。彼ハ、マダ幼イ。四才ノ子供ニ、さいぼーぐナンテモノガ、理解デキルト思ウ?」
「それに、ショウタの心きれい。悪い心が全然ない。」
ジェロニモの言う通りだと、僕は思う。ナゼだか判らないけれど。

バタンとドアが開いて、ジェットとショウタが帰ってきた。
二人は僕らが話し合っている間、浜辺を散歩していた。
ショウタは僕達に駆け寄るなり、機関銃のような勢いで喋り始めた。
「パパ、ママ、ジェットおじちゃんったらねー、すごいんだよー。」
その、「パパ、ママ」っていう響き、なんだかくすぐったい。悪い気はしないんだけど・・・。
「おい、こら、ショウタ。おじちゃんは、ねぇだろ。
おにいちゃん、と言え、おにいちゃんと!!」
ジェットは、おじちゃんと言われてムクレテいる。
「あーーーごめん!ジェットおにいちゃんだった。
ジェットおにいちゃんったらねー…」
ショウタは、また堰を切ったような勢いで僕達に話しかけてくる。時々、ジェットが、ツッコミを入れてくる。
ショウタの話に相槌を打ちながら、チラッとアルベルトを見たら、(やれやれ、コイツら、すっかりショウタに篭絡されやがって…)って、顔に書いてあるようだった。


「さぁさぁ、夕ご飯、できたアルよ〜〜。
今夜は、ご馳走アルね〜。」
ダイニングルームは、張々湖とグレートが腕を振るった夕食の美味しそうなニオイで、いっぱいだ。
みんな、お腹が空いていたと見えて、我先にとテーブルに着く。
あれ?僕の隣はショウタなの?フランソワーズはその向こう?
「どしたアルねー、ジョー。そんな顔してぇ?」
え?そんな顔って?
「ははぁん、姫の隣の席をショウタに取られたもんだから、
いじけているのであるな?」
「ち、ちがうよー、グレート。そんなんじゃ…」
「あはは、パパったら、顔、真っ赤だよ。
あれ?ママも、真っ赤になってるぅ〜!」
本当だ!困ったような顔してるフランソワーズもカワイイ。
「あ、あのねェ、ショウタくん。その、パパ、ママっていうの…」
フランソワーズが言いかけた時、イワンの声が割って入った。
もちろん、テレパシーで、だけど。
「イインジャナイノ?ぱぱ、ままッテ呼バセテオイテアゲレバ?」
「「えぇっっ?!」」
僕達は、目が点になったまま、顔を見合わせてしまった。


「ふぅ〜〜〜っ。」
僕は 浴槽に首までどっぷりと浸かり、思わず溜息をついた。
疲れた。あんなに疲れた夕食は、初めてだ。
座る位置のコトで、みんなに冷やかされた後は、ショウタとジェットがおかずを取り合って大騒ぎしてた。
フランソワーズは、フランソワーズで、イワンのミルクとショウタの食事の両方の面倒を見なくてはならなくて、食事中だと言うのに、全く落ち着いて座っていられなかった。
あ、あともう一人、彼女に世話を焼かせた赤毛の悪ガキがいたか・・・。
もともと、十人全員が揃うと、食事どきはとんでもないくらいに賑やかなんだけど、今日は、ショウタ一人が加わっただけで、モノスゴイことになってしまった。
それにしても、ギルモア博士は、よくあんな騒々しい食卓で、ニコニコと楽しそうに食事ができるものだ。
「うんうん、食事は賑やかな方が楽しいわい。」
それはそうだと思うけど、でもあれじゃ、後片付けが大変そうだ。
ま、いっかぁ、今日の後片付けは、ジェットが一人でやっている。おかずをあちこちに飛び散らかした挙句に お皿を三枚も割ったら、そりゃぁフランソワーズだって怒るよね。

カチャ。
ドアが開く音がして、誰かが脱衣室に入ってきた気配がする。
ん?フランソワーズかな?一瞬イケナイ期待をしてしまった。
「早く入っておいでよ…」と声をかけようとしたら、ものすごい音と、水飛沫(いや、お湯飛沫かな?)と共に、誰かが湯船に飛び込んできた。
「ショ…ショウタ??」
そうだよね、みんながいるのに、フランソワーズが入ってくるわけないよね。
「パパ、お風呂一緒に入ってイイ?」
「もう一緒に入ってるじゃないか…。」
ショウタの甘えるような上目遣いの視線が可愛くって、ついつい、口元が緩んでしまう。
ショウタは湯船の中で、僕に色んな話をしてくれた。
友達三人との、数々の武勇伝。
飼っていた子犬の話。
裏山に作った隠れ家の話。
でも・・・なんだかヘンだ。
話の中に、家族のことはちっとも出てこない。
そして、僕は何時の間にか、ショウタに対して親近感みたいなモノを感じ始めていた・・・。
 
ショウタの頭をシャンプーしてやっている時、あれだけ喋りまくっていたショウタが不意に黙って、
「…ごめんね…。」
ぽそっと言った。
いや、その前に、もっと小さな声で「おにいちゃん」と言っていたような・・・。「パパ」じゃなく・・・。
「もうちょっとだけ…ね…。」
そう、つぶやくと、いきなり振り返って、
「わっっ!!!」
と叫んで、僕に抱きついてきた。
ショウタは、もう、さっきまでのショウタに戻っていた。
僕は、不覚にもシャンプーの泡まみれになってしまった。
「こいつめ!!もうっ容赦しないぞ。」
僕は、すっかりムキになってしまってシャワーヘッドを引っ掴むと、ショウタに狙いを定める。
「キャ〜、キャ〜」と騒ぎながら、洗い場中を逃げ回るショウタにシャワー攻撃をし、ようやく半分くらいの泡を落としたところで、ショウタは、湯船の中に逃げ込んだ。
あ〜〜〜っっ!!!湯船の中は泡だらけ。
「しょうがないなぁ…。」
僕は、洗面器で湯船の泡を掻い出した。
フランソワーズにバレたら間違いなく明日の風呂掃除は僕の仕事だろうな・・・。

ショウタを先に風呂から上がらせ、静かになった浴室で一人、考え込む。
今日のこの、コトの顛末。
どうして、こんなことになったか?
ショウタは、なぜ、僕らのところへ来たがったのか?
イワンは、ショウタがテレパスだ言っていた。
ならば、わかりそうなものだ、僕らに関わるってことが、どんなことか。
それよりも、不思議なことがある。
ナンのカンの言ってはいても、僕は、この状況が、いやではない。落ち着かない、そんな気分も確かにあるし、第一、くすぐったくてしかたがない。
でも、その、落ち着かなさ、くすぐったささえも、なんだか、心地よい。
なんでだろう・・・?
いろいろ考えているうちに、のぼせそうになり、僕は慌てて風呂からあがった。
  
リビングへ行くと、皆が一斉に僕の顔を見る。
「え…僕の顔に何かついてる?」
「ジョー、お前の部屋に、来客用のベッド運んどいたからな」
「え、あ、ありがとう」
僕は、てっきり、ショウタと一緒に寝ろってコトだと思って、
そのままリビングを後にした。
僕がリビングのドアを閉めた途端に、背後に大きな笑い声が上がったのは気になったが・・・。
あれ?そういえば、フランソワーズとショウタの姿が見えなかったようだけど・・・。

その答えは、僕の部屋のドアを開けてみてすぐに解った。 
僕を振り返った蒼い瞳が、戸惑ったように言った。
「ジョー、わたし…。ジョーに聞いてからって言ったのに…
 ショウタくんが、どうしてもって…。」
ははぁん、さっきの笑い声は、そういうことだったのか・・・。
僕は、納得がいった。
「いいよ、三人で、一緒に寝よう。」
(モチロン、君がイヤでなければ、だけど。)
(やだ…ジョーったら…。)
通信機での僕達の会話が聞えたはずはないのだが、ショウタは嬉しそうな顔をして、フランソワーズのベッドにもぐりこんだ。
ハッと気がついて、僕はショウタに言った。
「ショウタは、僕のベッドにおいで。」
「えーーーーー?」
と言いながらも、ショウタは僕のベッドの入ってきた。
まずい、気づかれたかな?僕の些細なヤキモチに。

フランソワーズと一緒に眠るのは、これが初めてではない。
だけど、皆がいる時に、ってことはなかったし、別々のベッドに、っていうこともなかった。
ましてや、僕達の真ん中に、子供が寝ているなんて・・・。
なんだか、ヘンに緊張してしまって、眠れない。
いや、緊張感のためだけではない。
ショウタと出遭ってからずっと続いている、くすぐったい感じ。
それと、暖かい、心が安らぐような感じ。
フランソワーズと二人っきりの時とは、また違った幸福感。
何なんだろう・・・?
もしかすると「家族」って、こんなモノなんだろうか?

「んん…」
「痛!」
ショウタが寝返りを打って、僕を蹴飛ばした。
「コイツめ」
まだ、僕の上に乗っているショウタの足を戻してやっていると、クスクス笑う声が聞えた。
「キミも起きてたの?」
「えぇ。なんだか、眠ってしまうのがもったいない気がして…」
もったいない?
「ず―っと前に、こんなことがあったなって…。
両親や兄と一緒に暮らしていた頃に、ね。」
フランソワーズは遠くを見るような瞳をしている。
もしかして・・・。
「戻りたいの?その頃に。」
「戻りたくないって言ったらウソになる。
でも、今が幸せだから…。あなたがいてくれるから…」
「フランソワーズ…」
思わず彼女を抱きしめようと腕を伸ばしたら(本当は届くわけなんかないんだけど)
「うっっ」
また、ショウタに蹴飛ばされた。
もしかしたら、ショウタのやつ、起きているんじゃ・・・
そう思ったけど、どうやら、ショウタは本当に眠っているらしい。
その証拠に・・・。
お腹のあたりにナニやら湿った温かさが広がってきて、次の瞬間、それは冷たさに変わった。
「げっ!」
そう、おねしょ、だ。
せっかくイイ雰囲気だったのに・・・。
でも、そうも言っていられない。ボクは、ショウタを起こすと、バスルームに連れていって洗ってやった。
その間に、フランソワーズは、着替えとホットミルクを用意しておいてくれた。
それを飲むと、ショウタはストンと寝入ってしまった。
ボクも、身体と一緒に心までほんわかと温まってきたようだ。

そういえば、さっきのホットミルク、牛乳の他に、なんか、イイ匂いが溶けこんでいたような・・・。
「フフフ、わかっちゃった?あなたのミルクにブランデー、少しいれておいたのよ。眠れないみたいだったから。」
「ありがとう。」
フランソワーズの頬に軽くキスすると、ボクはベッドに入った。
さっきショウタが濡らした布団は、フランソワーズが取り替えておいてくれていた。 
彼女の優しさと、ブランデー入りのホットミルクの効き目はてきめんで、ボクは、あっという間に眠ってしまったみたいだ・・・。

     *     *     *

朝、目が覚めると、ニ人はもうとっくに起きたみたいだった。
窓の外から、大きな声が聞える。
のぞいてみると、みんなが野球をしているところだった。
いや、野球もどきのゲームといったほうが正確かもしれない。
みんなといっても、張々湖飯店の仕入れに行っているらしい張々湖とグレートはいなかったから、ちゃんとした野球をするには、圧倒的に人数が少ない。
でも、四歳の子供相手の野球なんて、この位で丁度イイのかもしれない。
そんな事を考えていると、「やっと起きたのね、ジョー。」
下からフランソワーズが手を振る。
「パパー、ボク、ホームラン打つからねー!」
打席に立っているのは、ショウタだった。
その横で、アルベルトが、バッティング指導をしている。
ピッチャーは、ジェットだった。
「へんっっ!打てるもんなら打ってみな。」
そう毒づくと、キャッチャーのピュンマと何事かサインを交わすと、大きく振りかぶって、ものすごい豪速球を投げてきた。
おいおい、四歳の子供を相手に、ホンキで投げて・・・。
でも、ジェット、キミはもうちょっと、投球練習をした方がよさそうだ。あんなコントロールじゃ・・・。
「フォアボール!」
イワンを抱いたままアンパイアを務めるギルモア博士が宣告する。
「ちぇっ、バッターが小さいとストライクゾーンが小さくて、投げにくいんだよ。」
ジェットが不満げに言う。
ストライクゾーンの問題じゃないとボクは思うけど・・・。あのピュンマが、必死でボールに飛びついてキャッチしているんだもの。
ショウタは、嬉しそうに一塁へ走っていった。

「ジョー、朝ご飯の用意できたわよ。」
何時の間にか後ろにフランソワーズが立っていた。
「みんなは?」
「やーね、もう食べちゃったわよ。
ジョーったら、いつも朝寝坊なんだもの…」
ふりかえって、おはようのキスをしようとしたら、彼女は、するりとボクの腕をかわして
「早く食べてね、冷めちゃうから…」
と、笑いながら廊下のほうへ行ってしまった。 

着替えを済ませてダイニングルームに行くと、一人分の食事が用意されていて、その横の席では、フランソワーズがコーヒーを飲んでいた。
「一人っきりの食事は、味気ないでしょ?」
彼女はそう言って、いつも、ボクの朝食に付き合ってくれる。
もちろん、彼女はみんなと一緒に、とっくに朝食を摂っているので、コーヒーだけだけど。
昨日の夕食みたいに、大勢でワイワイと騒ぎながら食べるのも好きだけど、今朝みたいに、フランソワーズと二人っきりというのも、僕の好きなシチュエーションだったりする。
 
「ちょっと、いいかの?」
ギルモア博士が話しかけてきた。
「オジャマ、ダッタ?」
イワンも一緒だ。
「いや…。」と答えようとして、やめた。どうせ、イワンにはお見通しなんだから。
「ショウタのことなんじゃが…」
思ったとおりだ。僕もそれは、昨日から考えていた。
ショウタの本当の親御さんは、きっと心配して探し回っていることだろう。
それに、僕達のこの生活は、いつ一変するか判らない。次の瞬間に、敵が攻め込んできて闘いに巻き込まれても、ちっとも不思議じゃない。そんなところに、僕達とは無関係のこの子を置いておくのは・・・。

「後から、ショウタを連れて昨日の公園に行ってみようと思っていたところです。」
「そうじゃったか。ショウタがいなくなると寂しくなるが、いつまでも、ここに置いておくわけにもいかんしのう…。」
「しょうたガイナクナルト、サミシイ?」
そりゃぁ・・・。
フランソワーズも僕と同じことを考えているらしく、少し俯いて黙っていた。
「昨日、しょうたト初メテ会ッタノト同ジ時刻ニ行ッテゴラン。
キット、何カガ判ルカラ。」

少ししてから、フランソワーズとショウタを連れてドライブに出かけた。ショウタはその目的をわかっているのか、いないのか、嬉しそうについて来た。
助手席のフランソワーズ膝の上に、チャッカリとイヤちょこんとショウタが座った。
(僕達は、傍からは『家族』に見えているんだろうか?)
そんな思いが僕の心の中を過ぎる。

僕は生まれて間もない頃教会の前に置き去りにされていたと、神父さまから聞かされている。だから、僕が本当の家族と過ごしたのは、それまでのほんの数日間。当然、その間の記憶は僕にはない。
今は、九人の仲間達が僕の家族といえなくもない。
彼らと過ごす時間は、僕にとって本当に心が安らぐものだし、僕にとってはかけがえのないものであることは間違いない。
それでも、いわゆる、「普通の家族」っていうものが、欲しくなる時がある。
それは、多分、僕がほんの少し勇気を出せば手に入るのかもしれない。
でも、それを手に入れるには、僕達の置かれている境遇はあまりにも苛酷で・・・。

「…ジョー?」
「え?」
「どうしたの?返事してくれないんだもの…。」
「う、うん、ちょっと考え事してた…。 それより、何?」
「お昼ご飯、どうするの?ショウタくん、お腹空いたって…」
あ、そうか、僕は朝食が遅かったからまだ平気だけど、ショウタやフランソワーズは、もうお腹が空いている頃だよね。
「じゃ、その辺のレストランにでも入ろうか?
ショウタ、どこがいい?」
「んーーーー、あそこがいい」
ショウタが指差したそこは、ファーストフードのお店だった。
正直言って、僕はファーストフードは苦手だけど、朝食を食べたばっかりだったから、ま、ハンバーガー一個くらいなら、たまに食べるのも悪くないかな・・・と思った。
フランソワーズはどうかなと思って、彼女をみると、
「私も、あそこがいいわ。」と嬉しそうに言った。
そうか・・・。彼女が子供の頃は、こんなお店はなかったんだ。
僕はそんな事もすっかり忘れていた。
僕が子供の頃は、もう、このテのお店はあちこちにあった。
もちろん、僕のいた教会の近くにも、だ。
でも、僕らは、そんな所には行った事がない。
僕らには、全く縁のないものだと思っていた。

駐車場に車を停め店内に入る。
僕達は三人揃って注文し、三人揃って席を探した。
ようやく、国道沿いの窓際のテーブルに席を取り、食事を始めたら、二人連れの男たちが声をかけてきた。
どちらもラフな服装をしているが、そのうち一人は、カメラを抱えている。
「あのー、写真撮らせていただけませんか?」
「「はぁ?」」
あまりにも唐突なこの申し出に、僕もフランソワーズも一瞬固まってしまった。
「ばか、イキナリ用件から切り出すヤツがあるかよ。」
カメラを抱えた男に小突かれた、もう一人の男は頭を掻き掻き、説明し直した。
二人ともある出版社の編集部の人間で、今は雑誌の特集記事に載せる家族の写真のモデルを探しているとの事だった。
「プロのモデルも当たってみたんだけど、なかなかピンと来なくって…」
で、ホンモノの家族を撮ろうということになったのだという。
「僕達は…」
貴方達が探しているような本当の家族じゃない、そう言おうとしたら、ふとショウタの淋しそうな顔が目に入った。
(いいじゃない、写真、撮ってもらいましょうよ。)
フランソワーズもそう言うのならと、承諾した。

それからの二十分くらい、僕は正直生きた心地はしなかった。
たかが写真を撮るだけのことが、こんなに大変なことだとは思わなかった。
断るんだった!元々写真が大嫌いだった筈の僕がなんでこんな事になってしまったのか?
カメラマンが、いろんな方角からシャッターを切る音がやたらに耳につく。彼の一挙手一投足を僕は常に視界の端に捉えていた。
それとは無関係に、もう一人の男の方は、イロイロと話しかけてくる。写真に添える記事にするのか、いろんな質問を投げかけてくる。
それらのひとつひとつに、フランソワーズはニコニコと丁寧に応じている、カメラマンの動きに気を取られて質問に答えるどころではない僕に代わって。
時々個人的な質問をされて、「マズイ」と思う事もあったが、
(いくら僕だって質問の内容ぐらいはなんとか把握していた。)
フランソワーズは、結構適当に誤魔化していた。
ショウタは、というと、僕達の心を読んで彼なりに事態を把握したのだろう、フランソワーズの適当な答えに、これまた適当に合わせてくれていた。

「じゃぁ、出来あがった写真と、もし掲載されたら、その雑誌をお送りするんで…」
と名前と住所を聞かれ、一瞬考え込んでしまったが、
「もうすぐ、海外の支社に赴任する事が決まっていますので、実家の住所を…」
と、言ってコズミ博士の住所と、僕の名前を教えた。もちろん、苗字は「コズミ」にしておいたけど・・・。
僕も結構適当なんだ、そう思ってしまった。
僕達二人の表向きの仕事の事もあるし、いくらBGが滅んだと言っても、まだ残党が残ってっていないとも限らない状況下で、本名や住所が写真と共に、限られた人数と言え第三者に知られるのはどう考えてもまずい。
それに、僕達のこんな写真、仲間の誰にも見せたくない。
まかり間違って見られでもしたら、何を言われるか、判ったものじゃない。

店の前での写真を最後に彼らと別れると、僕達は昨日ショウタと出会った、あの公園に向けて車を走らせた。
ショウタは、どこへ向かっているか、判っている筈なのに、相変わらずフランソワーズの膝の上に座りご機嫌で喋っている。
二人を見ていて、僕は言い表わしようのない妙な気分になった。
遠い昔に、こんな風景を見た事がある。そうだ、教会の礼拝堂にあった「聖母子像」だ。
子供の頃の僕は幼いイエスさまに自分を重ね、マリアさまに見た事も無い僕の母の姿を重ねていた。
母はこんな風に、赤ん坊だった僕を愛してくれたのだろうか?慈しんでくれたのだろうか?

「…ジョー…?」
運転中とはいえ、心ここにあらずといった風に一点を見つめ続けている僕をフランソワーズは不審に思ったらしい。
「今日のあなたは少しヘンよ。何かあったの?」
「いや…。何でもないよ。考え事、してただけさ。」
何かあったわけじゃない。ショウタを見ていると、つい、考えてしまうんだ、家族ってものを。
かつて、僕がどんなに求めても焦がれても、決して得る事のできなかったもの。
今は、かなり変則的だけど、それなりのカタチのものに成っているもの。
そして、これから僕が築いていくもの、そう、フランソワーズと二人で・・・。

昨日の公園に着くと、ショウタは駆け出して遊びに行ってしまった。
取り残された僕らは、苦笑しながらベンチに腰掛けた。
「やっぱり、子供は子供同士で遊ぶのが楽しいようだね。」
「そうかしら?ジェット達と遊んでいた時も、結構楽しそうだったけど?」
「ジェットが相手じゃ、子供と大して変わらないと思うけど?」
「ふふふ、それもそうね。でも、ジェットが聞いたら怒るかも…」
「きっと、カンカンに怒るだろうね。」
ショウタは、と見ると同じ年くらいの5〜6人の男の子と走りまわっている。まるで、僕達のことなど忘れてしまったように・・・。
「ねぇ、ジョー。さっき、ううん、今日ずっと何を考えていたの?」
不意にフランソワーズが訊いてきた。
「うん…。」
僕はちょっと言い澱んだ。
どんな風に言ったら、僕の気持ちが彼女にフランソワーズに伝わるのか?
フランソワーズに判ってもらえるのか?

その時、ショウタが初老の男性と共に僕達に近づいてきた。
「島村さん…ですか?」
「え…えぇ、そうですけど…。」
僕は面食らってしまった。ショウタが、僕の名前を知っていたなんて・・・。
あ、そうか、僕の心を読んだ時に名前も一緒に読み取ったんだ。
僕のことはずっと「パパ」って呼んでいたから、そんな事もわからなかったんだ。

オオサキと名乗るその男性は、この付近にある養護施設の所長をしているそうだった。ショウタは、乳児院を経てそこに入所したという。あまりにもそっくりな境遇に、僕は驚いた。
そしてこれまた驚いた事に、ショウタは脱走癖まで僕と似ていた(もっとも、僕の場合は大抵仲間と四人で脱走してたんだけど)。時々施設を抜け出しては今回のような事をしていたという。
「センセ、パパ…違ったおにいちゃんたちのところでね、とっても楽しかったんだ。大勢でお夕飯食べてね、お兄ちゃんとオフロ入ってね、ママ…じゃなくて、おねえちゃんも一緒に三人で寝たんだよ。それでね、みんなで野球をしたんだ。それでね、それでね、…」
オオサキ所長は、まるで本当の父親の様にショウタのお喋りを目を細めながら聞いていたが、ちょっとだけ待っていなさいと、それを制すると、
「ショウタを本当に可愛がっていただいた様で、どうもありがとうございました。大変お世話になりました。」
と言うと、深深と頭を下げた。ショウタの頭に手を乗せ彼にもお辞儀をさせると、踵を返し、二人で帰って行った。
「ショウタ、また、おいで。」
「また、一緒に遊びましょうね。」
少し行ったところでショウタは走って戻ってきて、僕にアル事を耳打ちすると、
「じゃぁね、パパ!」
と、笑いながらまた走って行った。

ショウタが行ってしまうと、なんだか辺りが急に静かになった気がした。夕闇が迫ってきて、公園で遊んでいる子供たちの数は随分減って来ていた。
なんだか、すぐに研究所に帰る気もしなくて、僕達はブランコに腰掛けた。
不思議なもので、ちょっと揺らしてみただけで、子供の頃のことをアレコレ思い出す。近くに住む悪童達とケンカしたこと。夜中にこっそりと教会を抜け出して海を見に走ったこと。そして・・・僕を捨てた母を思って涙した事。
そして、そして・・・。現在(いま)のこと、未来(これから)のこと。

「ねぇ、ジョー。さっきの答え、私まだ聞いていなかったわ。」
「え?」
「今日、あなたがずっと考えていた事…。」
「あぁ。あれね。時期が来て、考えがまとまったら、きっと、絶対に、キミに話すから、だから、待っていてくれる?」
「???」
大丈夫、きっと、話すから。
子供の頃は、どんなに恋焦がれても決して手に入れる事のできなかったものを、自分自身の手でしっかり掴むために。僕達の未来(これから)を、キミと僕と二人で築いていくために。

「だったら、さっきショウタくんは、ナニを言ってたの?それくらいなら、教えてくれるでしょ?」
「え?」
僕は固まってしまった。それは、それだけは言えない!
「それは、ソノ、ちょっと・・・」
「もうっっ!ジョーったら、ナニも教えてくれないのね。」
あ、フランソワーズ、怒っちゃった?
彼女は、ちょっとほっぺたを膨らませて、ぷいと立ち上がり公園の出口に向かって歩き始めてしまった。膨れっ面だって、フランソワーズなら可愛いんだけど、今はそんな悠長な事を言っている場合じゃない。
「ちょっと!待ってよ、フランソワーズぅ〜」
でも、絶対!言えない。
「おにいちゃん、夜中に何回もおっきな声でおねえちゃんの名前を呼んでたよ。
『フランソワーズぅ〜!!』ってね。」
なんて、ショウタが言っていたなんてさ!!


                     < 了 >



《おまけ・・・》
同じ頃、ギルモア研究所のリビングでは・・・

ジェット「え??なんだって。今回の事は、みんな、イワンの策略だって?」
ピュンマ「ああ。イワンが、3日位前に、お前と散歩に行った時、公園でショウタと知り合ってさ。お前、覚えてないのか?」
ジェット「ああ、あの時か!」
ピュンマ「それで、今回の作戦を立てたってわけさ。」
ジェット「で、お前ら皆、最初からグルだったのか?」
アルベルト「昨日の夜から、だがな。モチロン、ショウタは最初から、だ。」
ジェット「しかし、なんだって、こんな面倒くさい事をやる気になったんだ?」
グレート「お前サンだってわかるだろう?あの二人、放っておいたら、いつまでもこのままだろうが。」
ジェロニモ「そう、オレ見ていてジレッタイ…。」
イワン「ボクダッテ、早ク、弟カ妹ノ顔見タイシサ…。」
ギルモア「わしも、孫の顔が見たいしのう。」
ジェット「しかしよ〜。バレたらアイツらだって怒るんじゃねぇの?」
アルベルト「バレるもんか。あの二人になんか!」
ジェット「ま、それもそうか。二人とも、『天然』、だしな。」
全員「そうそう!」
張々湖「さぁさ、二人の幸せと我々の心の平穏を祈って宴会でもやるヨロシ。」
ピュンマ「そうだね。どうせ、あの二人は遅くならないと帰ってこないだろうしね。」
グレート「お、おい、イワンが真っ赤な顔しているぞ。」
全員、イワンを覗きこむ。
イワン「大丈夫…。」
ジェット「おい、もしかして、お前、あの二人の心を読んだんじゃねぇか?」
イワン「…」
グレート「イワン、二人とも、どうしている?」
イワン「ボクニハ、トテモ言エナイ…」
ジェット「って、おい、どうなってるんだよ?」
ギルモア「まぁまぁ、いいじゃないか、ジェット。二人とも仲良くやっておるんじゃろうて…。」
ジェロニモ「ジェット、お前、馬に蹴られて、死ななくちゃならなくなるぞ。」
ジェット「じょ、冗談じゃねぇ。クワバラ、クワバラ…。」
張々湖「ミンナ、何してるアルか。さっさと宴会の準備するヨ〜〜。」
全員「おうッ!」
ジェット「今、気がついたんだけどよ、オレだけか?何も知らなかったのは…。」
アルベルト「まぁ、そういうことになるかな。」
ジェット「な…なんで、オレだけ、なんだよ!」
イワン「ダッテ、面白ソウダッタンダモン。」
ジェット「イ…イワン、てめぇ…」
グレート「お、おいジェット。本気で怒るなんて、赤ん坊相手に大人気ないぞ。」
ジェット「へっ、赤ん坊なら、もうちっと可愛げってもんがあるぜ。」
イワン「フン、じぇっと、君ニダケハソンナコト言ワレタクナイネ。」
ジェット「何を〜、あ、こら、超能力で飛んで逃げるのは、反則だゾ。降りて来い、イワン。」
ピュンマ「お、おい、家の中では、加速装置の使用や、ジェット噴射は、厳禁だぞ!」
アルベルト「家の中めちゃくちゃにしたら、フランソワーズがカンカンに怒るだろうな…」
ジェット「(ギクっとして、固まる)…」
張々湖「モウ!みんな、宴会やるアルのか?」
全員「お…おう!」
こうして、めでたく(無事に?)宴会は始まり、途中で降板したギルモア博士とイワン、そして、もちろん、アノ二人を除いた全員が飲み明かしたのでありました。




《今度こそ、本当に・・・オシマイ》





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