ソイツを見たとき、僕は自分の目を疑った。

君と同じ亜麻色の髪に蒼い瞳・・・。
僕は、ソイツを見たことがある。
ソイツにフランス空軍の将校の制服を着せれば・・・
 
そう、君の部屋にある写真、君の兄ジャン・アルヌールだ。
でも、彼は、その写真の姿では存在しない。
存在する筈がない。なのに、なぜ、君とそこに、いる???





 蒼き瞳に・・・






この4,5日くらい、君の様子がいつもと違うことに僕は気がついていた。
妙にはしゃいでいたかと思うと、物思いに耽るような瞳をしたり・・・
いつもの君なら絶対しないような小さなミスを繰り返したり・・・。
イワンなら、イワンが起きていてくれたら・・・とも思うけど、
彼はつい1週間ほど前に眠りに就いたばかりで、
余程のことがない限り、あと1週間はこのままだ。
それに、もし仮に起きていたとしても、イワンに頼るのはは最後の手段だ。



今日、僕は1人で町に来た。心ここに在らずの君を見ているのは、なんだか切なくて、
「前から欲しかった本の発売日だから・・・」
なんて、我ながら下手糞な言い訳をして、研究所を出て来た。


もうどれだけ時間が経ったのだろうか.。
もうそろそろ帰ろうかと思ったその時、僕は見てしまった。
通りに面した喫茶店で、君とソイツが・・・。

どうして?なぜ?

一瞬フリーズした僕に、気づいた君が手を振る。
逃げ出すわけにも行かず、僕は君のところへ・・・。


君がソイツに僕を紹介すると、
「フランスからビジネスの為にやって来た」
と自己紹介した、ソイツ、ジャンは。


君がちょっと席を立っていた間、ぼくとソイツはほとんど、口を利かなかった。
ソイツは
「そうですか・・・。アナタが・・・」
とボソッと言ったきりだったし、僕は僕で、ソイツにかける言葉を見つけられないでいた。


研究所へ帰る間、助手席の君は、一言も話さなかった。
ただ、遠い瞳をして僕の隣に・・・いた。




翌日、僕はまた1人で町に来た。
1ヵ月後に参加するレースの打ち合わせのために事務所を出て、
止めてあった車に乗り込もうとした所を、僕は呼び止められた。
振り返ると、そこには、ソイツがいた。



彼女とは、1週間ほど前に町で偶然知り合った。その後2,3度お茶に誘った。
最初、彼女をビジネスの相手に・・・と思ったが、どうしても切り出せなかった。
そのうち、そんなことは、どうでもよくなった。
ただ、彼女と一緒にいることが、楽しかった。

ソイツはそう話した後、
「自分は、今の仕事を辞めて、故郷に帰る事にしたから、
アナタから彼女によろしく伝えて欲しい」
そう言って、去っていった。


研究所に戻った僕は、ナゼだかその事を君に話す気になれなくって、
そのまま翌朝を迎えてしまった。



いつものTVのニュースを見ていて、僕は驚いた。
画面にはソイツの顔写真が映し出されていた。

『国際指名手配の詐欺師、自首する』
そう報じられていた。

ソイツは、世界各国で何度となく結婚詐欺を働いていた。
その国の有名人や、政治家、名士の娘や時には妻を相手にするので、
被害総額は計り知れず、その手の犯罪者としては珍しく、国際指名手配されていたのだった。


 そういえば、
「彼女に出会えて、本当によかった」
あの時そんな事も言っていたっけ・・・、アイツ。
きっと、君の笑顔が、アイツの頑なな心も解したんだね。
君と出逢ったばかりの頃の、僕と同じように・・・。


キッチンで朝食の支度をしている君が、気づかないうちにTVを消して、
そして、昨日、町でアイツに会ったことと、アイツの伝言を伝えた。


君の瞳は・・・。





その晩、君が僕の部屋に来た。

「まるで、兄さんと話しているみたいな気がしていたの。ヘンね、もう会えないってわかっているのに・・・」

かつて自分の存在した時間から無理矢理引き離されてしまった君。
君がそのことで、何度涙したか、僕はよく知っていた筈だったのに。

アイツを見る君の瞳を見て、僕はアイツに嫉妬した。
アイツの心を解きほぐした、その君の瞳を見て・・・


「ごめん・・・・」
僕の胸で震えている君の肩を思わず抱きしめてしまった。









                                   map / menu








                                                                 2002/8/某日(笑)

このページの壁紙は空色地図さんからお借りしました