(ん・・・・・・・・・・・)
(やだ、やっぱり眠れない・・・)
(目が、冴えてきちゃったみたい。)
すぐ傍で彼女を抱きしめるようにして眠っているジョーの腕の中から
フランソワーズはそっと抜けだすと、
素肌の上にガウンを羽織り
音を立てないようにして、バルコニーに出る。
つい、今しがたまでの名残で火照った肌には、
今夜の空気はひんやりとして心地よい。
新月なので、月は見えないが、
その分たくさんの星が空には瞬いている。
穏やかな夜空とは対照的に、
台風が過ぎ去ったばかりの海は、
未だうねりが残っている。
すぐ下の岩場にはいつもより大きな波が寄せては帰し、
白い飛沫を上げて、砕け散っている。
(波の音のせいかしらね、眠れないのは・・・)
パリは海から遠く離れた街だから、
そこに住んでいた頃の海の想い出は、そう多くはない。
だが、サイボーグにされてからは・・・
島を抜け出して最初に腰を落ち着けたコズミ邸も、
その次に落ち着いたギルモア研究所も海の海のすぐ近く。
ドルフィン号で世界中の海を漂っていた頃もあった。
想い出の多くは闘いに纏わるものが多いが、
そうでない時間も、海の傍で重ねてきた。
そして、彼女の傍らには大抵、彼女の大好きな茶色の瞳があった。
メンテナンスが終わって眠っているとばかり思っていた彼に、
いきなり抱きしめられたのは、以前のギルモア邸のバルコニーだった。
(あの時、ジョーの瞳には確かに涙が浮かんでいたっけ。
結局、何があったかは 話してはくれなかったけれど・・・。
ちょっと驚いたけど・・・
でも・・・嬉しかった、少しだけ・・・。)
クビクロやジョーと散歩したのは研究所近くの浜辺だったし
クリスマスをパリで過ごしたいと言う我が侭を聞き入れたジョーが
ポーパスで送り届けてくれたのも海辺だった。
自分の日常の生活には、波の音が絶え間なく聞えていた。
未来からきた敵との闘いの最中、
違う時間に飛ばされた彼の姿をこの瞳で見たのは、
名も知らぬ小さな島の浜辺。
(消えていくジョーの姿が、何度もフラッシュバックして、
胸は張り裂けるかと思うほど痛かった。
不思議と涙はでなかったけれど、
心には、大きな穴があいてしまったようだったわ。
私の中で、ジョーの存在は、
それほどまでに大きくなってしまっていたのね、
気づいていなかっただけで・・・。
でも、今は・・・)
地下帝国の最期に立ち会った時、
そっと握った手と、優しく見つめかえした瞳で、
お互いの気持ちが、やっと通じ合った。
彼が辛くも生還した暫く後、
それを確認もしあった。
だけど・・・、
「何・・・考えているの?」
声と同時に背中に暖かいものを感じる。
「うん・・・。
海を・・・見ていたの・・・。」
零れそうになっていた涙を、
彼に気づかれないように、上げた視界を、
流れ星が、ひとつ、尾をひいて落ちていく。
「あ・・・・・・・」
大きく見開かれた蒼い瞳からは涙が零れてしまった。
小刻みに震えだした細い肩を抱きしめていた彼の腕に、
少しだけ力がこもる。
「大丈夫、僕は還ってきたんだから、
ここに、キミのそばに・・・。
もう、どこにも行かない。
僕は、ここにいる。」
自分の許に生還(かえ)ってきて最初の彼の言葉も
それだった。
嘘ではないことは、フランソワーズは解っている
(だけど・・・)
「ひとつだけ・・・聞いてもいい?」
「あの時・・・、意識を失くしていった瞬間(とき)、
何を、考えていたの?」
「キミを、護りたい、キミを失いたくない・・・って」
「あなたは、いつもそうね・・・」
フランソワーズの淋しそうな微笑に、
ジョーは戸惑いを覚える。
「初めて会った時から、ずっと、
あなたは私を護ってくれていたわ。
嬉しくなかったわけじゃないわ。
でも・・・、」
「・・・・・・・・・・?」
「あなたは、どうして、一人でいこうとするの?
私は、あなたに命懸けで護ってもらっても、
少しも嬉しくない。」
「私は・・・、あなた無しでは生きていけない。
あなたのいない世界なんて、
あなたのいない時間なんて、いらない。」
「フラン・・・ソワ―ズ・・・・」
ジョーは思い出した。
彼が魔神像に送られたことを知ったフランソワーズが、
自分もそこに送って欲しいと、イワンに迫ったことを・・・。
「あなたを失って生きていくくらいなら、
生命なんて、いらない。だから・・・・」
「だから・・・?」
「だから、この次は、私も一緒に、行く・・・。」
フランソワーズを抱きしめる腕に一層の力を込め、
ジョーは口を開く。
「もう、そんなことにはならないよ。B.Gは滅んだんだ。
それに、もう、2度とキミを離さない・・・。」
(キミと最期まで一緒にいたいのは、僕も同じ。僕の願いでもあるんだ。
でも、それじゃいけない。僕の目の前で、キミを死なせることはできない。
だから、きっと、僕は・・・)
そう、告げる代わりに・・・。
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2002/11/某日(笑)
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