邸の窓から見える岬の突端に、佇む君の影が見える。
亜麻色の髪と膝下丈のスカートの裾を吹き荒ぶ風に靡かせて、小さな君の姿が危なげにその岬の岩場に立っている。
折りから吹いている強い風に、君の体は時折揺らぎはするが、それ以外は微動だにしない。
だけど、不意に君の姿が崖の下の黒い海へと吸い込まれて行きそうで、君がその身を躍らせそうで・・・。
そんな根拠の無い不安に駆られた僕は君の許へと歩を進める。
加速装置を使えばほんの一瞬で君の体を抱きとめる事ができるのに、その時の僕は、なぜか人間としてごく普通の手段をとった。
どんよりとした黒い雲が太陽の光を遮り、辺りの空気は今にも雨が降り出しそうなくらいに湿り気を帯びている。
薄暗さは君の目にはそれどころか僕の目にさえも何の支障も齎さないけれど、この嵐を思わせるほどの強い風は此処に来るまでの君の歩みを何度と無く止めたことだろうか。
そんな状況の中で君は、何を感じ、何を思い、何をする為に、此処へ来たのか。
そんな事に思いを巡らせながら、僕は君との間の物理的な距離を縮めていく。
どんなに風の音が大きくとも、波の音が大きくとも、君の耳に僕の足音が聞こえない筈は無い。
だが君は、僕のほうを振り返る事もせず、ただ遠くの一点を見つめ続ける。
漸く僕は半歩離れて背後に立つ。
手を伸ばせば、難なく君に届く距離。何の苦も無く君を抱きしめられる距離。
だけど、今の僕にとっては、無限の距離にも思えて・・・。
ここからは、君の表情は見えない。
しかし、君の細い肩と小さな背中が小刻みに震えているのが見て取れる。
一刻も早く、君を抱きしめてしまいたい、僕の腕の中に収めてしまいたい衝動と
近寄りがたい何か・・・ ----拒絶---戸惑い---逡巡とが僕の精神(こころ)の中で鬩ぎ合う。
ああ、そういえば、以前にも今と似たことがあったよね。
君を抱きしめて眠る僕の腕をするりと抜け出して、君は窓辺に立った。
雷鳴の轟く夜だった。
稲光に青白く浮かび上がる君の横顔は、どこか遠くの一点をみつめていた。
戦闘の最中の、凛とした君。
無心でバレエを踊る、生き生きとした君。
そして、その少し前までの、妖艶な君。
笑顔の君、怒った顔の君、泣き笑いの君、
淋しそうな君、悲しそうな君、楽しそうな君。
僕の知っているどの君とも違うようで、僕は思わず息を飲んだっけ。
あの時の僕は・・・・ 僕は・・・
そう、背後から君を抱きしめた。
この手から腕の中から、僕の許から 君が飛び去ってしまわないように
そうする事で、君を僕に繋ぎ留めようと・・・
少し前まで僕の腕の中にいたはずの君が、世界中の誰よりも僕の身近にいたはずの君が、とても遠くに思えて。
不安で いてもたってもいられなくって・・・腕の中に閉じ込めた。
今の僕も、あの時の僕と同じ。
君を失ってしまいそうなそんな言い表しようのない、不安感に責め苛まれている。
一秒でも早く、君をこの手の中に絡め取ってしまいたい。
君と僕との間の無限にも思える距離を消し去りたい。
そう願っているのに、何かが僕を押し止める。
迷い---恐れ---懊悩---
僕達が失った物の代償に得た、かけがえのない仲間と愛は・・・
僕達がこれまでに奪ってきたモノの重さ
これから犯すであろう、罪の大きさの前には
ほんの些細な価値すらもたないのか。
抗う為の力にすら、支えにすらならないのか。
否 否 否。
たとえ、神が赦さなくとも
君がいて そして僕が存在する限り
僕は君を護り、そして抗い続ける。
永遠(とわ)に
生命(いのち)の続く限り・・・・
だから・・・だから・・・
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2009/08/08
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