リビングで雑誌を読んでいた時のこと。
バタンとドアがしまった音がして、車のエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「ギルモア博士が帰って来たのかな?」
読みかけの雑誌を脇に置いて、博士を出迎えに行こうと立ち上がったら
「フランソワーズ!フランソワーズはおるかの?」
博士の大きな声が聞こえた。
博士にしては珍しいなと思いながらリビングを出ると赤い薔薇の大きな花束が歩いてきた、いや、大きな花束を抱えた博士が歩いてきた。
「おお、ジョーか。フランソワーズはおるかの?」
「キッチンにいますけど・・・。」
「そうか・・」
そういうと博士はイソイソと足取りも軽くキッチンへと入って行った。
「フランソワーズ〜♪」
花束から垣間見えた博士の顔は、なんだか、15,6歳の少年がのような表情をして見えた。
「博士、出かけた先でよっぽどいい事があったのかな?」などと博士の上機嫌の理由を考えてみる。が、さっぱりわからない。
「なんですか?博士・・・。まぁ・・・」
キレイな薔薇の花・・・と言いかけたフランに博士は頬を染めながら、花束を差し出した!!!
え???
なんで?
博士が?
フランに?
誕生日でも、バレンタインデーでもないのに?
ナゼ???
「博士、コレを私に?」
「そうじゃよ、フランソワーズ。」
あ、そうか。きっと出かけた先で会った人からもらったんだ。
で、フランは花が好きだから、喜ぶだろうと思って・・・うん、きっとそうだ。それに違いない!!
「今日、君にどうしても渡したいと思ってな。わしからの気持ちじゃよ。」
「???」
はいい???今なんとおっしゃいましたか、博士???
確か「わしからの気持ち」とか聞こえたような気がするんですけど・・・。
赤い薔薇の花言葉って、「熱愛」じゃなかったっけ?
ってことは、博士もフランのことを?
そ・・・そんなことって・・・。
「まぁ、嬉しいですわ、博士。」
フランは嬉しそうに花束に顔を埋めて薔薇の香りをかいでいる。
嬉しいって、フラン〜〜。そんなぁ〜〜。
「ん?ジョー、どうしたんじゃ?真っ青な顔をして・・・。」
へ?
「本当。顔色が真っ青よ。気分でも悪いの?」
そういえば、ボク、気分が悪いような気がする。
なんか、胸にポッカリと大きな穴が開いちゃって、そこを冷たい木枯らしがピューピューと吹きぬけていくような、そんな気分だよ。
「うん。ちょっと気分が・・・」
「まぁ、大変。」
「すぐにメディカルルームに来なさい。診察するから・・・。」
いや、大丈夫です。少し寝れば治りますよ・・・。
そう言うと、心配そうな顔をしているフランと博士をリビングに残して、2階にあるボクの部屋に戻った。
後ろ手にドアを閉めると、着替えもせずにベッドに潜りこみ、大きな溜息をついた。
知らなかった。
フランはてっきりボクの事を好きでいてくれると思っていたんだ。
なんとなくなんだけど、そんな気がしていたんだ。
みんなボクの早とちり、独り決めだったんだね。
そりゃ、父娘以上に年齢が離れてはいるけど、愛することに国境や年の差なんて関係ないし。
肝心の二人がそれを望むのならば、部外者のボクなんかが口を挟める余地はないはずだ。
涙は出ない。でも、なんか胸の辺りがシクシクと痛む。
なんでだろう?どうしちゃったんだろう、ボク・・・。
やっぱり、博士に診てもらった方がいいのかな?
いや、なんだか、今は博士には会いたくない。
フランソワーズにも会いたくない。一人でいたい・・・。
どれくらいの時間が過ぎたんだろう。
部屋の中はすっかり薄暗くなってしまったが、ボクの頭の中ではいろんな思いがグルグルと渦を巻いている。
コンコン・・・
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえる。
叩き方で誰がドアの前にいるのかわかったけど、でも、ボクは返事をする代わりに布団に頭まで潜り込んだ。
コンコン・・・
まただ。まだいるんだ。
でも、ボクは眠っているんだ・・・。布団に潜りこんで丸くなった。
「寝ているのかしら・・・」
そうっとドアが開いて、ボクが思っていた通りの人物が部屋の中に入ってきたのがわかった。
そうだよ、ボクは今眠っているんだから。だから、ボクを一人にしておいて・・・。
シャーッとカーテンを閉める音がして、気配はボクが潜りこんでいるベッドのすぐ傍で止まった。
「ジョーったら、まだ具合が悪いのかしら?やっぱり博士に診ていただいたほうがいいかしら・・・。」
しばらく、様子を見ている風だったけど、ボクが布団に潜り込んだまんまだったので、フランソワーズはそっと部屋を出て行った。
すると、ほんのちょっとして、今度は別の人物が入ってきた。
「よ。具合、悪いんだってな。」
ボクはまだ、布団に潜り込んだまま、返事をしない。
「そうか、寝てるのか・・・。」
そう言いつつ、アルベルトはギシ・・・と小さな音を立ててボクのベッドに腰を下ろした。
そして、誰に言う風にでもなく、一人で喋り始めた。
「しっかし、博士もよく覚えていたモンだよな。3月8日に身近な女性に花束を贈るなんて、ロシアの習慣をよ。アメリカの学会から帰ったばっかりだからって、時差ぼけで日にちを間違えちまったのはご愛嬌だけどよ。」
え?
「日本のバレンタインデーなんかとは違って、感謝を込めて・・・みたいな意味合いが強いらしいけどな。」
「それ、本当?」
「なんだ、ジョー、お前起きていたのかよ。」
「あ・・・いや、その・・・。」
「ならば、話が早い。とっとと起きて階下(した)へ下りて来い。夕飯の時間だぞ。」
アルベルトはそれだけ言うとドアの方に向かって歩き出した。
「あのさ、アルベルト、今言っていたこと、本当なの?」
「あん?ナンの事だ???よくわからねぇが、オレは嘘は言ったことはないぞ。
そんなコトよりも、さっさと飯を食いに下りて来い。今頃はジェットがお前の分を食っちまおうと狙っているかもしれんぞ。」
途端に、お腹がグ〜っっとなって、急にお腹が空いて来た。
そういえば、今夜はボクの大好きな、カレーだって、フランが言っていたっけ。
こうしちゃいられない。
ボクは飛び起きると、アルベルトの後を追った。
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2005/03/10