レース関係の雑誌を読もうと、リビングのソファに腰を下ろした時、僕の隣で、僕よりも前からナニやら熱心にTVに見入っていた彼が話しかけてきた。
「ねぇ、父さん。」
僕よりも少しだけ明るい栗色の髪に蒼い瞳をした彼の前には黒っぽい薄い箱状のものが山と積まれている。箱(?)にはなんだか、見覚えのある絵が・・・。それって、もしかして・・・・。
「なんだい?」
平静を装って答える僕。なんだかイヤ〜な予感がする。
「なんで、母さんは父さんを選んだんだろうね?」
え?なんでそんなコトを・・・???
「どういう意味だい?」
ちょっとだけびっくりしたけど、それを押し隠して、彼に問い返す。
「だってさ、母さんなら、男なんて選り取りみどりだろう?」
なに?それは聞き捨てならない台詞だな・・・。
「実際、母さん、かなりモテモテだったって、この前ジェットが言ってたよ。」
思いもかけないところで、ジェットの名前が出たので、僕はちょっとだけムっとした。
また、ジェットのヤツが、余計な事を吹き込んだな・・・正直、僕はそう思った。
「だってさ、コレ見たら、疑問に思うって・・・誰でもさ。」
「コレ」と彼が指差したシロモノは、僕が思ったとおり、DVDだった。しかも、全部で28巻・・・(旧作映画2枚、旧ゼロ5枚、新ゼロ10枚、超銀河伝説、平ゼロ17枚、計35枚。
注:旧ゼロ、新ゼロは2枚で1巻になっています。)
おいおい、こんなもの、一体どうしたんだ?僕は内心びっくりしてたりして・・・。
でも、それしきのことで驚くのは大人としてみっともないような気がして、僕は努めて冷静に振舞う。
「どうして、疑問に思うわけ?」
そりゃ、新ゼロの頃の僕は「たらし」なんぞというありがたくない称号(?)をいただいたりしていたし、つい最近の平ゼロに至っては、「子犬」呼ばわりされていたのも知ってる。
でも、僕は間違った事をしたわけじゃないし、BG或いはNBGみたいに悪い事をしているわけじゃない。
当のフランソワーズだって、僕に文句一つ言った事はない。そう、これがイチバン肝心なことだと思う。
それなのに、どうして、自分の息子にそんなふうに言われなくっちゃならないんだ?
おまけに「誰でも疑問に思う」って、どういう意味なんだよ。
そこへ、折り良くというべきか、折悪しくというべきか、もう一人の当事者である、フランソワーズ本人がやって来た。
「ねぇ、母さん」
彼にしてみれば千載一隅のこのチャンスをむざむざと見逃すわけもなく、フランソワーズを呼び止めた。
「あら、珍しいわね。二人で何の話をしていたの?」
お風呂から上がったばかりのフランソワーズは、とってもイイ香りがする。頬にほんのり赤みがさして、色っぽいことこの上ない。おっといけない、鼻の下が伸びてきたぞ。、平常心、平常心・・・。
「ちょっと疑問に思ったことがあったものだから、父さんに聞いていたんだ。でも、父さんよりも母さんの答えを聞きたいんだ、僕としては・・・」
そう、彼がちょっともったいぶった答え方をする。コイツ誰に似たんだ?ちょっぴりだけそんなコトを思ったりもするが、ボクとしても、その答えを聞きたいものだから、大人しく黙っていることにした。
「え?それって、どういうこと?」
「あのね、母さんは、どうして父さんを選んだかっていうこと。」
「え??????」
こんな質問、予想もしていなかったんだろうな、フランソワーズは。まるでハトが豆鉄砲食らったみたいに目を真ん丸くしている。
「だってさ、母さんならきっと、男なんて選り取りみどりだっただろう?なのに、なんで父さんみたいのを選んだのさ。」
彼は、横目でチラチラと僕を見ながら、フランソワーズにそう言った。
ふふん、僕本人を目の前にして、そんなコトを平然と言えるとは・・・。我が息子ながら、大胆不敵なヤツだ。
「『父さんみたいの』って、ずいぶんな言い方をするのね・・・。」
フランソワーズは、そう言いながら、ニッコリと微笑む。
「だってさ、母さん、昔はかなりモテモテだったって、ジェットが言ってたし・・・。」
「もう、ジェットったら・・・また、そんないい加減なコトを・・・。」
フランソワーズは少し困ったような顔をして、それでも、笑いながら続ける。
「ジェットって昔っから私に向かって『男女(おとこおんな)』だとか『男みたい』だとか、もう、言いたい放題だったのよ。なのに、その彼が、私のコトをモテモテだったなんて・・・。そんなこと本気で言うわけがないじゃないの!冗談に決まってるでしょ。」
ジェットはよく冗談を言ってフランソワーズをからかったりしてるけど、コレに関しては、冗談なんかじゃない。
事実僕は、「隙あらば・・・」と虎視眈々と彼女を狙う不届きな輩を排除するのに大変な思いをしているんだ。それも、1度や2度のことじゃない。フランソワーズが知らないだけなんだ。
「いや、僕はジェットがいい加減なコトを言ったなんて、思わないよ。母さんなら絶対にモテモテだったと思う。」
うんうん・・・。その辺のことは、サスガによくわかっているんだな。などと感心したりして・・・。
「うふふ、ありがとうね。でも、実際、私はモテモテだったなんてこともなかったし・・・。」
だから、フラン、君が知らないだけなんだって・・・。
「でさ、実際のところ、どうして、父さんみたいのを選んだのさ。」
うぅ・・・。「父さんみたいの」って、こいつ、何回言えば気が済むんだ?我が息子ながら、ちょっとばっかり腹が立ってきた。
「そうねぇ。説明してあげてもいいけど、『父さんみたいの』なんてことを言っているようじゃ、私がいくら説明してもわかってもらえないわね。」
「え?どうして???」
「要するに、そんなことを言っている間は、『ガキ』だってことよ。」
「僕はガキなんかじゃないよ。もう高校生だし。」
「年齢的なことを言ってるんじゃないわ。心のことを言ってるのよ。」
「心?」
「心が子供のアナタにはとうていわかってもらえないわ・・・」
「わかるかわからないか、言ってみなけりゃわからないじゃないか・・・。」
「そうかしら・・・?そんなものかしらね・・・。言ってもわからないような気もするけど・・・」
「だからさぁ〜」
「ほんとに、アナタって、こういう時お父さんと同じ表情(カオ)するのね。」
「「え?」」
え?僕って、あんな表情してるの?彼の顔を見ると、彼も明らかに不満そうな顔をしている。
「ふふふ、不満そうな顔までそっくりね、二人とも。真ん中に鏡でも置いてあるみたいよ。」
フランソワーズはさも可笑しそうに微笑(わら)う。
「唇を尖らせて、ちょっと上目遣いで・・・」
「ねぇ〜、母さんったら。もったいぶらないで、教えてよ。」
「いいわ。ソコまで言うのなら、教えてあげる。なぜ、アナタのお父さんを選んだのか。なぜ、ジョーを好きになったのか。」
ごく・・・。思わず唾を飲みこみ、息を潜めて、僕はフランソワーズの次の言葉を一言も洩らさず聞き取る為の体勢に入る。
「それはね、ジョーがジョーだったからよ。」
「「え???」」
僕も彼も目が点になった。
「それって・・・」
「わからない?」
僕もわからない・・・。彼もわからないようだ。もしかして、僕も心が子供?嘘だろ・・・。
「色々なことを含めて、全部ひっくるめて、ジョーという人を好きになったからよ。
選ぶも何もないのよ。私にとっての選択肢はジョーしかなかったんだから。」
「人間の心は、機械とは違うの。幾人かの人の良い点を点数化していって、最高得点の人を好きになる・・・そんなことはできっこない。人の気持ちっていうものは、プラスマイナスで割り切れるものではないし、理屈じゃないの。」
僕は「未来都市」で彼女がスフィンクスに言ったという言葉を思い出していた。
「恋愛というものは------アナタのようにプラス、マイナスって割り切れるものじゃないのよ。」
あの時、フランソワーズがスフィンクスに向かってそう言ったと、イワンが後で教えてくれた。
フランソワーズ、君は、あの時とちっとも変らずに・・・。
「ジョーがジョーだったから、私はジョーが好きになったの。それだけのことで、それ以上のことでも以下のことでもないわ。ただ、それだけなのよ。」
呆然としている僕達二人の顔を眺めて、フランソワーズはニコッ・・・と微笑む。
「どう?がっかりした?こんな答えで・・・。」
「でもね、アナタも、もう少しオトナになってステキな恋をしたら、私の言った事の意味がわかるようになるわよ」
「「?!」」
「多分・・・ね!!」
そう言って、イタズラっぽく微笑(わら)う、フランソワーズ。その笑顔が僕には眩し過ぎるよ。
僕も、君が君だったから、だから、君を好きになった。そのままの君、丸ごとの君が好きなんだ。
多分・・・いや、きっと!・・・いや、絶対に!!!
「さぁてと、明日は朝早いからもう寝るわね。研究所の方にアルベルト達が来るから、その仕度をしなくっちゃならないし・・・。」
ちいさな欠伸をひとつして、フランソワーズはそう言った。
「そうだったね。なにか手伝うことはない?」
「ありがとう、ジョー。じゃ、明日の朝までに考えておくわね。じゃ、二人ともお休み〜。」
今度はふぁ〜〜っとちょっと大きめな欠伸をすると、フランソワーズは2階の寝室へと上がって行った。
いや、上がって行こうとした。が、突然思い出したように僕達を振り返った。
「フラン、どうしたの?」
「母さん、寝るんじゃなかったの?」
「うん・・・アナタにね、一言、言っておこうと思ってね。」
フランソワーズは僕じゃなくって、彼にそう言った。
「今度『父さんみたいの』なんてことを言ったら、絶対に許さないわよ。」
「「へ???」」僕達は一瞬顔を見合わせて、次にフランソワーズのほうを見た。
だけど、
「じゃ、おやすみ〜〜」
それだけ言うとフランソワーズは、もう後ろを振り向くこともなく、掌をヒラヒラと振るとそのまま2階に上がって行った。
まだ、きょとんとしている彼に、ちょっとだけ優越感を感じて、そして、僕はさっき読もうとしていた雑誌に視線を落した。
しかし、本の上の視線は定まらないままだし、ページには意味のない文字の羅列が続く。
ただ、頭の中で、フランソワーズの言葉がこだまする。何度も、何度も・・・。
「色々なことを含めて、全部ひっくるめて、ジョーという人を好きになったからよ。」
「ジョーがジョーだったから、私はジョーを好きになったの。」
「・・・ョー・・・ジョー・・・ジョー・・ってば・・・」
うん・・・・・・・・
なんだか、誰かに体を揺さ振られている感覚がする。
でも、その感覚は、決してイヤなものではなく、ひどく心地良かったりする。
その気持ち良い揺れに身も心も任せきっていたら、
「起きなさいよ・・・。っとにもう、ホント、寝起きが悪いんだから・・・。」
フランの声が怒って言う・・・。
「起きろ」と言ったって、ついさっき、君は「おやすみ」って言って2階に上がって行ったばっかりだよ。
なのに、なんで、起きなきゃならないのさ・・・。第一、君はいつの間に・・・。
ボクは夢うつつの状態のちっともうまく回らない思考回路で、今の状況を把握しようとあがいていた。
「もうっっ!今日はドライブに行こうって、誘ってくれたのはジョーのほうじゃない!」
「???」
そんな事言ったって・・・。
「忘れちゃったの?」
フランが唇を尖らす。頬っぺたも少しだけ膨らんでいる。
まずいぞ、このまま行くと、フランは本気で怒り出すぞ・・・。
思い出すんだ! 思い出すんだ!! 思い出すんだ!!!
「あ゛・・・」
「やっと思い出したのね。」
「うん。そうだった。今仕度するから、チョット待っていて。」
「わかったわ。早く階下(した)に下りてきてね。」
ご機嫌が直ったフランの足音が、階段の方に消えていく。
5分後、仕度を終えたボクは階下のリビングへと下りていく。
そこは、さっきまで「僕」がいたはずのリビングとはまるっきり様子が違う。
当然、「彼」の姿はなく、これまた当然、「26巻のDVDの山」もなく・・・。
「ジョー、早くご飯さめちゃうわよ。」
ニッコリ微笑むフランの笑顔は、いつもと変わりなく・・・
「よっっ、ご両人、食事の後は二人でデートか?」
と冷やかすジェットの言葉に
「いや〜ねぇ〜」
「別にボク達は、そんなんじゃ・・・」
真っ赤な顔をして抗議するボク達の姿も、いつもの通り。
そんなボク達を温かく見守ってくれている仲間たち。これも、見慣れた日常の光景。
念の為に、彼女の左手を見る。
ちょっとだけ、残念な気がする。
ボクの耳の奥には、まだ、あの言葉が渦巻いている。
「色々なことを含めて、全部ひっくるめて、ジョーという人を好きになったからよ。」
「ジョーがジョーだったから、私はジョーを好きになったの。」
「ねぇ〜、ジョー!!何してるの?朝ご飯、早く食べちゃってよ。片付けてから出かけたいから・・・。」
現実のフランの声が、ボクの妄想(?)の中のフランの声をかき消す。
フランが用意してくれた朝食を頬張りながら、ボクは考える。
「いつの日にか、フランにあんな風に言ってもらえる日がくるのかな?」
うぅ〜〜〜ん・・・。
map /
menu
2004/12/07