On the 4th Month

このページの壁紙はmacherieさんからお借りしました


「今日ね、駅まで歩いてお買い物に行っちゃったのよ。
そしたらね、桜が満開になっているのは知っていたんだけど、ツツジの蕾が、とっても大きくなってきているの。それにね、タンポポとか、ナズナとか、イロイロな花があちこちに咲いていたの。
ほら、いつもだと、ジョーに車に乗せてもらって、さーっと通りすぎちゃうでしょ?
でも、自分の足で歩いてだと、目の高さも違うし、こんなところにも気づけるのね。
おかげで、春を満喫できちゃったわ♪」

我らがお姫さまのオシャベリは、いつもの事だが本当に取り止めがない。それに、蒼い瞳を輝かせて、表情がクルクルと変わって、目まぐるしい事この上ない。
しかも、横でそれを聞いている、茶色の子犬のウレシそうな顔と言ったら・・・。
おいおい、彼女に見惚れて手に持っている皿を落すなよ。

「ねぇ、アルベルトも食べるでしょ?ケーキ、焼いたのよ。」
「そうだな、もらうとするか・・・。」
「じゃ、コーヒー淹れて持って行くわね。」
「ああ、頼む。」


本当に不思議な娘だ。

出会ったばかりの、あの娘はああじゃなかった。
瞳は、同じ蒼色をしてはいたが、あんなに明るい蒼じゃなかった。
世界じゅうの不幸せを寄せ集めたってああはならないような、暗く重く冷たいそんな蒼だった。
いつも張り詰めたような表情をしていて、肩に力が入っているのがアリアリと感じられた。
いつの日か、ぷつりと切れてしまいそうで、それが今日でも明日でも、いや、たった今この瞬間でも、不思議じゃないほどのありさまだった。

彼女は泣く事をしなかった。
俺達の前では決して声をあげて泣く事はなかった。
つらくて、つらくて、耐え切れない時は、俺達には背中をむけて、声を殺してその細い肩を震わせていた。俺で良ければ、胸くらい貸してやるのに・・・。
だけど、彼女はじっと一人で耐えていた。

彼女は笑う事もなかった。
タマに見せるそれらしき表情は、ただ口の端が少し上がっているだけで、目は瞳は笑っちゃいなかった。その瞳の奥底には、いつも深い悲しみを湛えていた。虚ろな虚しい表情だった。


「ブラックでいいんでしょう?」
「ああ・・・。」
「フラン、ケーキのお皿って、コレでいいの?」


それが、今はどうだ?
ヤツと一緒にいるってだけで、輝かんばかりの笑顔で、とろけるような表情をしてやがる。まるで、「ワタシ、幸せよ」って、大きく書いた紙を額に貼り付けてあるようだぜ。
泣く時はちゃんと声をあげて泣くし、怒る時はちゃんと怒る。まぁ、そんなのは願下げにしたいがな。
何が彼女をそこまで変えたのかは、聞かずもがな、言わずもがなだがな。


「え?私の顔に何かついてる?」
「いや・・・。」
「そう、ならいいんだけど・・・。」


なぁ、ヒルダ。あんなふうに幸せいっぱいの彼女を見ていると、こっちまで幸せな気分になっちまうんだが、ちょっとだけ、淋しさも感じるのは、なんでなんだろうな?
可愛い妹をヨソの男に持ってかれた淋しい兄貴って、きっとこんな気分なんだろうな。そういえば、彼女には俺と同じくらいの年の兄貴がいると聞いたっけ。俺には妹はいなかったんだが、それを聞いてからだろうか、彼女を妹のように思ってきたのは・・・。
だが、もう、兄貴の役目も終わりだな。

ジョーよ、お前も一端の男なら、自分が惚れた女一人くらい命懸けで守りぬけ。
彼女にちょっとでも悲しい顔をさせてみろ、赤毛のアメリカンが、彼女を横から掻っ攫っていくぞ。無論、俺も黙っちゃいないしな。
お前も、初めて出会った頃に比べて、随分と成長したもんだと思うが・・・。


「アルベルト、どうしたんだい?」
「あ・・・いや・・・その・・・。
ケーキがあんまり美味しいんでな・・・・」
「うふふ、おかしなアルベルト。」
「フ・・・フラン、そんなに笑わなくっても・・・」
「そう言うジョー、あなたも眼が笑ってるわよ。」
「ええっっ?そうかなぁ〜」

そう、お前達にはそんな屈託のない笑顔が一番相応しい。
だからジョー、俺がそうしたくてもできなかった事を、お前はやり遂げてくれ。
俺は、彼女と、俺の希望とを、お前に託したのだから・・・。




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                          2004/04/03