笑

このページの壁紙は自然いっぱいの素材集さんからお借りしました

何時のことだったか・・・
彼女に頼まれて、買い物に付き合ったことがある。
本当は、いつも通りにジョーが一緒に行く筈だったんだがな、なんでも、急に事務所に呼び出されたとかで・・・。
で、一人では荷物が持ちきれないからと、俺にお鉢が回ってきたというわけだ。

食料品や、日用品をしこたま買った。実際、この量じゃ、ジョーも相当大変だったろうなと思うほど、買うんだ。
それも、スーパーを3軒ほどハシゴするし、個人経営の店なんかにも寄ったりする。
よく、いやがらずに、毎回付き合うなとジョーに感心してしまうほど、時間も手間もかかるんだ。
まぁ、時々、商店主の親父と喋りこんだりってなこともあったがな。

最後に園芸店に寄ったんだ。
「研究所のテラスが殺風景でたまらないから、プランターを置いて、お花を植えたいの」、彼女はそう言って、俺に適当な花を選んでくれるように言った。

「なるべく手間がかからなくて、丈夫で長い間楽しめる花がいいわね。」

彼女の出した条件はこれだった。
それでなくとも、彼女は色々と忙しいからな。花は大好きだが、その世話に時間を割きすぎて、家事を疎かにしては・・・というのが本音だろうがな。
色々な花の苗の間を彼女と一緒に回って歩いているうちに、彼女の視線がふと止まった。

「かわいい・・・」

彼女の目を輝かせたのは、パンジーだった。花の形こそ変わらないが、色とりどりのさまざまな品種があるんだ。

「前にね、ジョーに言ったことがあるの」
彼女は、パンジーの花の苗を見ながら、俺に話しかける。

「パンジーの花って、人の笑顔に似てない?でね、笑顔って、『笑』うって言う漢字に似てない?ってね・・・」
そう言いながら、彼女は、指で俺の掌に「笑」という字を書いて見せた。
正直いって、俺はあんまり漢字を知らない。
笑顔とパンジーが似ているかどうかはともかく、この漢字が笑顔に似ているかと言われても、さっぱり俺にはわからない。
しかし、彼女がそう言うのなら、きっとそうなんだろうと思って、
「ああ、そう言えば似ているな。」
と答えた。

「そうよね、あなたもそう思うわよね?」
彼女は嬉しそうに微笑むと俺の顔を見ながら続けた。

「なのに、ジョーったら・・・『え?似てる???そうかなぁ〜』ですって!ったくもう!!」
そう言って、まるでジョーがそこにいるかのように、唇を尖らせてついでに頬をふくらませて、文句を言うんだ。
以前、お前も言ってたよな、彼女の表情は目まぐるしいほどよく変わるってな。
確かにそうだと俺も思う、本当に・・・。

「おいおい、俺はジョーじゃないぞ。そういう顔は、ヤツに見せてやれ。」
そう言ってやったら、彼女は、たった今それに、つまり、俺はジョーじゃないってことに気付いたかのように
「あら、そうよね。ごめんなさい。」
と言って、また微笑んだ。

「パンジーが大きな笑顔なら、ビオラは小さな笑顔ね・・・きっと・・・」
「そうだな。」
夢見るように瞳を輝かせていう彼女に、俺は迷うことなくそう答えた。

パンジーには、大輪種・中輪種・小輪多花性種とあって、小輪多花性種を特にビオラと呼ぶ。
だから、パンジーが大きな笑顔ならば、ビオラは小さな笑顔・・・彼女の感じ方はおもしろいと、俺はいつも思う。

「決めたわ!」
彼女は、顔を輝かせて俺にこう言った。
「プランターには、パンジーとビオラ、両方植えましょ。
たくさんの笑顔に囲まれて暮らしている気分になれるわ、きっと!!」

「そうだな。きっと、幸せな気分に浸れるぞ。」
「そうね。私もそう思うわ。
あなたとお花を選びに来て、よかったわ、ジェロニモ・・・」
彼女は、輝かんばかりの笑顔を俺に向けた。

かくして、俺は、花の苗用のコンテナにパンジーとビオラの花の苗を入れ、車と店の間を10往復する羽目になった。
だが、彼女のあの笑顔が見られるのなら、お安いご用というものだ。

ここだけの話だがな、店員が俺に言ったんだよ。
「おキレイな奥さまですね〜。」とな。
ああ、そうだよ、アルベルト。お前の言う通りだ。俺は、なんにも返事ができなかった。
だって、照れちまうじゃないか・・・。

だが、その次の瞬間、傍にジョーがいなかったことを感謝した。
ヤツがもし、この場にいたら・・・
そう想像したら・・・。
な、わかるだろ?アルベルト・・・。






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                                  2004/11/07