島村君的 西欧人ノ拉麺ノ食シ方ニツイテノ考察

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「もう、信じられない!!」
向かいの席に座っているフランソワーズがいきなり叫ぶ。
それに、隣のアルベルトまでが相槌を打つ。
珍しく3人で買い物に出かけて、遅い昼食を取る為に入った店での事だ。
「オレもだ。日本人に関する、見解が変わりそうだ・・・」
まるで、「眩暈がする・・・」そんなアクションつきで、アルベルトは顔を歪める。
「え?どうしたの、二人とも・・・」
僕にはまるでわけがわからない。

「どうしたも、こうしたもないわよ。ジョー、あなた、よく平気で、いられるわね。
ひょっとして、あなたも、あの人達と同じように・・・?」
あの人達・・・とフランソワーズが視線で示した先にいる人たちを見ると、
彼らは、美味しそうにラーメンを啜っている。
この店の名物の、特大チャーシューが5枚も入った、スペシャル叉焼麺だ。
何日か前にテレビで放送されたこのメニューは、今店にいる客の半分以上が注文している。
僕もご多分に漏れず、スペシャル叉焼麺を注文した。
フランソワーズとアルベルトは、野菜が多い湯麺を注文している。

「あの人達」とフランソワーズにまるで極悪人のようにいわれた人達は別段変わったコトしている訳じゃない。悪い事ももちろんしていない。
ただ、ごく普通に、ラーメンを食べているだけだ、美味しそうに・・・。
彼女が言っていることが、どうにも僕には理解できない。

そうこうしているうちに、僕が注文した、スペシャル叉焼麺が運ばれてきた。
うぅ〜ん、テレビで放送されたとおりに、この、食欲を誘う、美味しそうな香り。丼からはみ出さんばかりの5枚の叉焼はかなりの迫力だ。
まずは、レンゲでスープを味わう。濃厚なのに、なぜかサッパリとした後味。うん、間違いなく、このスープは絶品という形容詞がふさわしい。

そして、僕は今度はラーメンを一口啜った。
するとまん前からと右隣から、なんだか、刺すような視線を感る。
見まわすと、蒼褪めたフランソワーズの顔と、責めるような眼をしたアルベルトの顔があった。

「ジョ〜〜。」
フランソワーズが情けなさそうに僕の名を呼ぶ。そこへ、フランソワーズとアルベルトが注文した湯麺が届く。
丼の中の、白濁したスープの中に浮かぶ、野菜でできたこんもりとした山を見て、一瞬二人がたじろぐのがわかった。
<ねぇ、どうやって食べればいいの?>
<おい、コレ、どうやって食えっていうんだ?>
ほとんど同時に二人から脳波通信で質問される。

「え?どうやってって・・・普通に食べればいいんだよ、普通にさ。」
僕はそういうと、またラーメンを啜り始めた。
うん、おいしいなぁ〜。サスガはテレビが取材に来るだけのことはある!!
そして、この叉焼の蕩けるようなやわらかさ。そして、口の中に広がる肉の風味。
湯麺を見て固まっていた二人は、僕の食べる様子に怯えながらも(?)意を決したように食べ始めた。

でも、自分のラーメンを食べる合間に二人を観察していると、これが、またなんとも奇妙な食べ方をしている。
二人はまず、レンゲを使ってスープを飲み干し、そして、山の頂き部分の野菜を平らげ、そして、最後にもう、伸びきったような状態の麺を食べている。その麺の食べ方たるや、なんともオカシイ・・・。
箸で麺をつまみあげると、まるでソレを手繰り寄せるようにして口の中に運び込むのだ。僕が一口啜るごとに、ビクッとするような反応を示しながら。

二人でまるで申し合せたかのように同じ食べ方に、なぜか、僕は疎外感を感じると同時に、
「あんな食べ方じゃ、ちっとも美味しくないだろうなぁ〜」
などと妙な同情をしてしまった。
実際、二人は打ち合わせをするわけでなく、どちらかが相手の真似をするわけでもなく、それでもなぜか、同じようにしてラーメンを食べている。
なんなのだろう?彼らの間には僕なんかの計り知れない、連帯感のようなものがあるように感じられる。僕はそんな二人の間に入り込めないような気がして、そんな二人にジェラシーすら感じる。言いようのない不安感を感じる。

僕が食べ終わってからタップリ10分間を費やして、どうやらこうやら、食べ終わった二人と一緒に、店を出る。
さっき感じた奇妙な感覚をなんとか、押し殺して、僕は車の中で、二人に聞いてみた。
「ねぇ、二人とも、湯麺、美味しかった?また来ようよ・・・。今度は叉焼麺を食べてみてよ。とっても美味しかったよ。」
僕のその言葉に二人は、一瞬にして固まった。
「そ・・・そうね。お、美味しかったことは美味しかったの。でも、悪いけど、今度は他の人を誘って・・・。私はどうも・・・」
「悪いが、俺も・・・。」
なんとなく、こう言う返事が返ってくるのは想像してはいたから、そんなに驚きはしないけど。でも、二人揃って奥歯に物が挟まったような言い方してさ。そう、僕は予想していたさ。食事中のあの二人の様子を見ていれば、なんとなくわかろうと言うものだ。



そんなことがあった、数日後。

「我輩も、最初はそうだったんだ。」
ええっっ、グレート、君もなの?・・・。
僕は、張々湖飯店のカウンター席で、張大人が作った中華ランチ・A定食の春巻きを頬張りながら、カウンター越しにグレートと喋っていた。

「西欧人の食文化を考えてみろよ。」
「え?」
「例えばフレンチのフルコース。あれはどうやってサーブされる?マナーは?」
「え???」
そう言えば・・・・。
たしか、前菜に始まって、メインディッシュ、からデザートに至るまで、何回かに分けてサーブされる。スープと主食と副菜が一つの皿に盛られて、それを同時進行で食べて・・・なんてことは、間違ってもないはずだ。
そして、マナー・・・。たしか、スープを飲む時はもちろん、食事中には音を立てるのはご法度。

「フランソワーズは、典型的アッパーミドル階級のお嬢さん。アルベルトだってかなりいい家のお坊ちゃまだったらしいぞ。二人とも、小さいころから食事のマナーはいやって言うほど叩きこまれているだろうさ。
お世辞にもいい家の出身とは言えない我輩だって、食事のマナーくらいは身についているんだからな。
いきなりラーメン出されたら、二人ともさぞ面食らったろうさ・・・。モノが『麺』だけにな・・・あははは。」
と笑うに笑えないシャレまで、グレートは披露してくれた。

BGの基地を殲滅して、静かに暮らせるようになった。
落ちついた、平和な日々が続いていた。久しぶりにドイツから訪ねてきてくれたアルベルトと、そして、一生懸命に今いる環境に馴染もうとしているフランソワーズと、ここ日本の美味しいものを味わおうと思ったことが、よもや裏目に出ようとは・・・。
文化の違いってヤツをまざまざと見せつけられた思いだった。

悪気は毛頭なかったにしても、二人に不快な思いをさせてしまったことには変わりはない。
僕は・・・僕は・・・どうしたらいいのだろう???
せっかくの張大人の料理を前に、僕は呆然としていた。

「たいちょぶよ〜。ジョーの気持ちは二人ともちゃぁんとわかってるのことよ。」
厨房から大きな中華鍋を振りながら、張大人が話しかけてきた。
「そうかなぁ〜?」



さらに3ヶ月ほど後。
僕は、また3人で件の店にいた。3人というのは、フランソワーズとアルベルトと、僕。そう、この前と同じメンバーだ。

「しかし、なんだなぁ〜。ラーメンたぁ、案外うまいもんだな。」
「そうね。最初、ジョーにここに連れて来こられた時には、かなりびっくりしたけどね。」
さすがに麺の食べ方は、前とそう変らないけど(他人が麺を啜る音はまだいいけど、自分が同じ音を立てるのはやはり我慢がならないと、フランソワーズは言っていたっけ)、でも、最初の時と打って変わって、美味しそうに食べている。スープもちゃぁんと麺の合間に飲みながら・・・。おまけに、箸の使い方もかなり堂に入っている。

どこをどうしたのか皆目見当もつかないけど、二人はいつの間にかラーメン好きになっていた。
しかも、アルベルトは一昨日から帰ってきているんだけど、帰って来るなリラーメンの食べ歩きの本を買ってきて、研究所から車で行ける範囲にある「ラーメンの名店」をフランソワーズと二人でリサーチしていた。
で、初日の今日は、因縁の(?)この店でのリベンジとなったわけだ。

前に来た時にボクが薦めたことを覚えていてくれて、二人とも注文したのはスペシャル叉焼麺だった。ちなみにボクは湯麺を頼んだ。
「この、コクがあるのにさっぱりとした味わいのスープに、このちじれた細麺がまた合うんだよな〜。」
「それに、この叉焼が柔らかくって、口の中で蕩けるようだわ。」
二人の間にラーメン談義の花が咲いているようだ。
ボクとしては、二人が日本の食文化を理解してくれたことを、嬉しいと思わなくっちゃならないところなんだろうけど・・・。本当のところ、かなりフクザツな心境だったりする・・・。

このモヤモヤする気持ちはなんなんだろう?と思いながら、ボクは目の前にドンと置かれた湯麺をやっつけにかかった。





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