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三寒四温
「東京って冬でも雨が降るのね」
窓の外を眺めていたキミは、
さも不思議そうに言う。
まるで、世界中どこの街でも、
冬に降るのは雪でなくっちゃおかしいみたいに。
そうだね。
キミのいたパリの街では、きっと冬降るのは雪なんだろうな。

でも、東京だって僕が子供の頃はそうじゃなかった。
僕は、東京よりも少しだけ温暖な地域に住んでいたんだけど
そこでも冬には雨は降らなかった。
冬になると、何日も何日も、いやって言うほど晴れの日が続いて
「今日で○日晴天が続いています。」
なんて、天気予報で言ったりしていた。
で、たまにチラッと降るのは、雨じゃなくって雪だった。
イワンに言わせると、二酸化炭素がどうのこうので温暖化現象が進んでいて、
世界中の都市で平均気温が上昇していて云々だそうだけど、
僕にはそんなことはあんまり関係ない。
要するに、今は東京の街には、雪が降りにくくなったということだ。

同じ雨でも、冬に降る雨はとても冷たい。
雪の時よりも気温が高いから、だから雨が降っているはずなのに、
体にと言うより、心に感じる温度は、雨の方が遥かに冷たい気がする。
鉛色の重たい空がそう感じさせるのかもしれない。
雪の白さが、僕らの心を明るくさせるから、
反対に雨が降ると暗い感じがしてしまうのかもしれない。

そんな事を考えながら僕らは部屋を出た。
建物の外に出たら、意外に暖かいのに、面食らってしまった。
感じるのは、想像していた肌を刺すような冷たい空気じゃない。
少しホッとするような、湿り気を帯びた空気。
大通りに出ると、結構人が多いのに気づいた。
そっかぁ、日曜日の昼下がりだもの、
人出が多いのも当たり前、か・・・。
ふと気がつくと、行き交う人の表情はイキイキしている。
つい2,3日前までの、寒さに耐える厳しい表情はそこにはない。

「ね、ちょっとだけ、窓を開けてみてもいい?」
「え?うん、いいよ。」
キミが開けた窓からは、ほんのちょっぴり暖かい風が入ってくる。
「やっぱり・・・」
「なにが、やっぱりなんだい?」
「春・・・春なのね」
「???」

いきなり何を言い出すのかと思ったら・・・。
僕は、ともすれば、キミのほうにクギ付けになりそうな視線を
一生懸命前に向け、意識を運転に集中させるように努力した。
「10日くらい前、暦の上ではもう春なんだよって、教えてくれたわよね。」
「うん、立春過ぎてから、じきの頃かな。」
「あのあと、1日か2日くらい暖かい日があっただけで、
ずっと寒い日が続いてたでしょ?」
「そうだったっけ?」
「私、春だなんて、ちっとも思えなかったわ。
でも、やっぱり春なのね、あなたの言うとおりに。」

「帰りは明日の夜になると思います、夕食は済ませて来ますので。」
昨日、研究所を出てくる時、博士達にそう言ってきたので、
時間的にはまだ余裕がある。
その辺を歩きたいというキミの為に、車を駐車場に入れた。
雨はもう上がってしまっていた。
だけど、湿り気を帯びた暖かい空気はそのまま。
キミがさっき、あんな事を言ったせいか、
なんだか、春がもうそこまで来ているような気がする。
あの乾いた冷たい冬の空気は、
雨によって、埃っぽさを洗い流され、
代わりにしっとりとした優しさを齎され、
春のそれとなる。

「三寒四温、っていうんだ。」
「え?サンカンシオン?」
「漢字でね、数字の三、寒い、数字の四、温かいって書くんだよ。
3日寒い日が続いた後、4日温かい日が続くって言う意味。
だんだん温かい日が多くなっていく様子をそういうんだ。」
「そうやって、少しづつ春になって行くの?」
「そうだよ。」
うっすらとさしてきた日差しにキミの亜麻色の髪がキラキラ光ってる。
キミよりもちょっとニブイのか、僕はやっと「春なのかな?」って思う。
行きつ戻りつしながら、それでも季節は確実に前に進んでいく。
僕ら二人の関係もそうだといいな。いや、そうしたい、そうなるように・・・
「え?何か言った?」
しまった、思わず声に出してしまったかな?
「いや、なんにも・・・」
なんて返事したけど、動悸が激しくなっているのに彼女が気づかなきゃいいけど・・・。





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                                          2003/02/20