《4日目》
明け方近く、突然ドアのチャイムが鳴った。
「こんな朝早くに、どこのドイツだ・・・」
岩田のボソボソ呟く声がする。
玄関から一番遠い奥の部屋にいるフランソワーズは力を使って、ソレを傍受する。
そして、その声は、急に叫び声に変わる
「ハ・・・ハリケーン・ジョー???」
「返してもらいに来た、僕の大切な人を・・・。」
低く、くぐもったジョーの声。戦闘の時以外に、ジョーのこんな声をフランソワーズは聞いたことがない。
ジョーの発する凄まじい殺気に、岩田は内心怯えていたが、ようやくのことでソレを押し隠していた。
「では・・・ハリケーン・ジョーさん、話していただきましょうか・・・。」
リビングに通されたジョ―に、沈黙を破るように、岩田が話しかける。
「話せることは、何もありません。話すわけにはいかない・・。」
「では、なぜ・・・」
ここに来た?岩田は、そう言おうとして、言葉を呑み込んだ。
「取引に来た。」
「???」
訝る岩田に、さらに畳み掛ける。
「あなたのことを、調べさせてもらいました。あなたがどういう人間か、どうしてこんな事をしたか・・・
お陰で二日ほどココに来るのが遅れてしまったけどね。」
(え・・・、岩田の脅迫状が事務所に届けられたのは昨日のお昼過ぎのはず。
っていうことは、脅迫状が来る前から、ジョーはこの事を知っていた?)
フランソワーズは、アレコレと考えを廻らせる。
(アルベルト達には、ジョーには絶対に連絡しないでって言っておいたし・・・じゃぁ、なぜ???)
「・・・・」
「娘さんの、美加さんのため・・・でしょう?」
「・・・」
「難病の美加さんの、治療費のために、僕の記事を売ろうとした・・・。違いますか?」
「・・・・」
「僕は、許せない・・・。僕一人ならまだイイ。彼女まで、フランソワーズまで巻き込むなんて・・・。」一層低い声で、吐き捨てるように呟く。
「あなたの事は許せない。でも、娘さんには関わりがない。だから取引きをしに来ました。
娘さんの病気の権威に診てもらえるように、手配をしてきました。その医師のいる大学病院に転院すれば、娘さんは最新の治療が受けられる。治療のための費用はすべて病院もちです。その代わり、娘さんの治療のデータは治療研究の為に使われるそうだけど・・・。」
「・・・・・・・・・」
「あなたにとっても、娘さんにとっても悪い話じゃないと思いますが・・・」
「わかった。取引に応じよう・・・。いや、是非取引させてくれ・・・。オレには、ありがたすぎる話だ・・・。」
「必要な書類は全て、この封筒に入っています。確認してください。」
「ああ。
ゴロー、彼女を連れて来てくれ。」
岩田が確認を終えた頃、イワンを抱いたフランソワーズが部屋に入ってきた。
’眼’のお陰で、ジョーが来ていたことは知っていたし、’耳’の力で、どんな会話をしていたかも知っていた。
だが、フランソワーズはジョーに何と言ったらいいのかわからず、ただ、佇んでいた。
ジョーは、そんな彼女にゆっくりと近づき、イワンごと抱きしめた。
「フラン・・・済まなかった。ボクのせいで、キミをこんな目に遭わせてしまった。」
「どうして、謝るの?アナタのせいなんかじゃないのに・・・」
「いや・・・ボクがちゃんとしていなかったから・・・」
「ジョー・・・。」
(アノ・・・サ、二人トモ、真ン中ニ僕ガイルコトヲ忘レテナイ?)
「「イ・・・イワン?」」
(ごめんよ、忘れてた・・・)
(ヒドイヨ、じょー・・・)
ジョーは、そっと二人を解放すると、岩田とゴローの方に向き直り、
「あなた達に警告しておくけど、今後一切、僕達に関わらないで欲しい。
あなた達の安全の為にも、です。」
「私達の安全って・・・?」
岩田は怪訝そうな顔をするが、ジョーはそれには取り合わずに続けた。
「もし、僕達の周りをかぎまわってたら、僕としても次はこんな風に穏便に済ませる気はないし、それよりも、もっと厄介な事に巻き込まれるかもしれない。
美加さんの為にも、そうなって欲しくないから・・・。」
「わかった・・・。君のいうとおりにしよう。
ただ、私で君の役に立てる事があったら、その時は遠慮なく言ってくれ。
君に今度のことのお詫びとお礼をさせてもらうよ。」
「ありがとう。」
「それは、私の台詞だ・・・。」
その一言にジョーと岩田は苦笑した。
お前は変ったな、ジョー・・・。ゴローはそう思っていた。
ゴローの知っているジョーは、いつも瞳に孤独の色を湛えていた。笑った時でさえ、それは消える事はなかった。
ここに入って来たばかりの時には、ゾッとするような怒りが満ちていたが、だが、今のジョーの瞳には、限りない優しさが滲み出ている。
(きっと、彼女のせいなんだな。今、ジョーは幸せに暮らしているんだ・・・。)
漠然とではあるが、ゴローはそう感じていた。
「じゃぁ、僕達はこれで帰らせてもらいますよ。心配してくれてる人達もいることだし・・・。」
「ああ。
済まない事をした・・・。君にも、彼女にも・・・。」
「もう、済んだことですから・・・。」
フランソワーズの肩を抱きかかえる様にして、部屋を出て行くジョーを、岩田とゴローは言葉もなく見送っていた。
map /
menu /
back /
next
2003/11/08