或るひとつの幸せな風景
第2章

このページの壁紙は自然いっぱいの素材集さんからお借りしています

<Prorogue>

6月中旬某日

「フランソワーズが倒れた。」
その連絡が入ったのは、レーシングチームのミーティングの最中だった。次の遠征に向けての日程の調整のため、前日から事務所に泊まり込みで話し合っていたんだ。
僕らが結婚してもうじき2ヶ月、フランは妊娠18週目に入ろうとしていた。
ミーティングの結果は後でファックスで送るから・・・というチーフの言葉に甘えて、ボクは研究所へと急いだ。

研究所の僕らの部屋に戻った僕の目に飛び込んできた彼女の姿は、痛々しいものだった。
昨日の朝、ボクが出かける時に目にしたよりも、さらに、やつれている様に見えた。左腕に繋がれた点滴のチューブは、そんな彼女の様子を更に痛々しく見せるのには充分だった。

ここ、数週間というもの、彼女はコトの他つわりがひどく、食事も満足に取れない状態だった。
度々栄養剤の点滴を受けていたが、そんなものでは補いきれないくらいに、彼女は衰弱していた。

普通の、つまり生身の人間ならば、それぞれの臓器には余力があるそうなのだが、彼女の場合は、それはあまり期待できないのだそうだ。サイボーグである僕らは体内に人工の臓器を入れる為に、生命が維持できるギリギリのところまでしか、生身の臓器を残していないからだ。特に、彼女は体つきが華奢だった為、その見極めは、かなりシビアだったそうだ。
だから、妊娠と言う、ある意味生理的とも言える状態でも、彼女の身体にかかる負担は計り知れないものなのだ。

薬はなるべく使いたくないという点では、僕らと博士の意見が一致している。
しかし、このままの状態では、そうも言っていられなくなる。母子二人共の生命(いのち)がかかっているのだから。

とにかく、フランには休養と栄養を取らせることが第一だ。
このまま、研究所にいたのでは、いくら休養をといっても、彼女にはその性格からしてムリなことなので、昔風にいうなら、転地療養というものを試みることになった。




<Scene 1>

7月上旬某日

今、ボク達はY高原のとあるペンションに来ている。

蒸し暑いこの季節は、ヨーロッパ大陸のカラッとした気候に慣れ親しんできたフランには、かなりツライだろうということで、涼しい高原のこじんまりとした、とあるペンションを借り切って、夏の間はそこで暮らす事になった。

ボク達は、ココで本当に気ままに暮らしている。
天気の好い日には、テラスで皆で食事をしたり、、ロッキングチェアーに座って本を読んだり(そのまま昼寝をしてしまうことも結構あったりしたけど)。
毎日の散歩では、花畑を見つけたり、小川を見つけたり、近所の牧場で飼っている牛や子山羊と仲良くなったりした(あ、ココではしぼりたての牛乳を飲ませてもらったりもしたんだ)。

フランは、ココに来て、笑顔と元気を取り戻し、ボクはホッとした。

ギルモア博士の古い友人の息子さん夫婦だというオーナー夫妻は、事情を全て知った上で、快くボクらを受け入れてくれた。
アランさん、美津子さんご夫妻は名前からも判るとおり、国籍だけから言うとボク達とまるっきり逆の組み合わせだ。さすがに髪の色や瞳の色は全く関係を見出せなかったけど・・・。
でも、こんな些細な共通点を見つけただけでも嬉しくって、彼らに親しみを感じてしまう。そんなボクって、単純なのだろうかと思う。
以前の、フランや仲間達に出会う前のボクは、こんなんじゃなかった。

おっといけない、話を元に戻さなきゃ・・・。
このペンションを始める前は、アランさんは、都内の有名フランス料理店のシェフ、美津子さんはアランさんの勤めていた店の常連さんだったそうだ。しかも、二人とも、学生時代は、生体工学を学んでいたという・・・。変りだねと言えば、そう言えなくもない。
しかし、そんな事とは関係なく、二人とも料理と人をもてなすことが大好きと言うだけあって、料理はとても美味しいし、サービスは心地よいものだった。
そのお陰でフランは、日に日に元気になってきた。

季節は、もうとうに、夏になっていたが、さすがにここの気候は涼しくて心地良い。
ここへ来た当初は、青白く透き通るくらいだったフランの顔色は、今ではだいぶ赤みがさしてきた。
最初は1日のほとんどをベッドの上で過ごしていたが、今では、1時間程度の散歩に出られる程度にまで回復してきた。そして、歩く足取りも、前のようなフラフラとしたものではなく、随分としっかりとしてきた。
つわりの時期も過ぎたのか、食欲も以前に戻りつつある。


数日前などは、様子を見に来たジェットと軽口を叩くうちに大ゲンカになってしまった。もちろん、口ゲンカだけれどもね。
普段なら、「おいおい」と止めに入る状況なのに、二人のケンカを見るのも久しぶりなので、なんだか懐かしい気分に浸ってしまい、思わず博士や一緒に来ていたアルベルトと苦笑してしまった。
もっとも、この騒ぎのお陰でいつもより少しだけ早く目が覚めてしまったイワンは、その日一日キゲンが悪く、ジェットをアレコレこき使っていたけれど。


そして、
「これならもう、心配することもないじゃろう・・・」
ギルモア博士が目を細めながらに言ったのは、今日の事だ。






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                                               2003/10/30