<Scene 2>
8月中旬某日
「今夜は、S湖で花火大会があるんですよ」
今朝、美津子さんがそう言って教えてくれた。湖の周りはたいそうな人出だそうだけれども、このペンションの裏山の頂きなら、人がほとんどいないのに、花火は割と間近に見えるのだそうだ。
フランが、人込みが苦手なのを知っている、美津子さんならではの心遣いも嬉しかったが、フランが眼を輝かせて
「私も見に行きたいわ。日本の花火って、世界に誇れるぐらいに芸術的なものだって聞いた事があるわ。」
と言ったのが何よりも嬉しかった。彼女の回復ぶりを目の当たりにするようで・・・。
「そういえば、昨日から、明日までの3日間、お盆って言う行事の期間なんですってね?」
え?お盆?聞いたことはあるんだけど、それって、今なんだ・・・。
でも、お盆ってなんなんだろう?
そう言えば、チームの連中も日本人はお盆の時期に夏休みを取るよな・・・。他の国の連中は、適当にやってるけど・・・。
「あら、よくご存知ね?日本の風習には興味がおあり?」
「ええ、とっても・・・。」
「そうね・・、最愛のダンナさまの国ですもんね♪」
「うふふ・・・そう思います?」
え゛・・・・・・・・
まったく、この二人には参っちゃうんだよな・・・。
今みたいに、ボクが聞こえる範囲内にいるって言うのに、こういう、ボクが照れちゃうような話を平気でするんだ。
ボク、内心嬉しくって仕方ないんだけど、身の置き所がなくってサ。フランもヒトが悪いよ。ボクが困ってるの知ってるハズなのに・・・。それは、美津子さんにしても、同じなんだけどさ・・・。
お盆というのは、もともとは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」という仏教行事で、あの世からこの時期に現世の子孫の元に帰ってくる先祖の霊を慰める為のものだそうだ。盆踊りや、夏に上げる花火なんかも、お盆の最中に帰省中(?)の先祖の霊の為のものなんだそうだ。
おっと、これは美津子さんの受け売りだけどもね・・・。
いつもより早い時間に夕食を済ませ、ボクはフランと二人で、昼間美津子さんから教わった場所に行った。
美津子さんの言うとおり、ボクらの他には誰もいない。だが、花火が打ち上げられるS湖は、真正面、しかも、結構近いところにある。
花火の打ち上げが始まって、フランは最初のうちは、打ち上げる時のドォォーーンという大音響を怖がってボクにしがみついていた。だけど、そのうちに、その音にも慣れると、うっとりとした顔で、空を見上げるようになった。
そして・・・である。
フランが突然叫んだ言葉に、ボクはしばらく固まってしまった・・・。
ドォォーーーンという大音響と共に、花火がパァーッと開いたかと思った瞬間、
フランはこう叫んだんだ・・・!
「ターマヤァーー!!」
そして、ご丁寧にも、2発めには
「カーギヤァーー!!」
だった・・・。
「ふ・・・ふらん・・・(汗)。どこで、そんなこと覚えてきたの?」
ようやく声が出せるようになって、ボクはフランに尋ねた。
「え?美津子さんに教わったんだけど、」
あ゛・・・やっぱり。
「ドコか、ヘンだった?」
この、純粋な彼女に、どう説明したらいいのだろう???
「ヘン・・・じゃないけどね。
あの・・・今は、あんまり使わないんだよ。『たまや』も『かぎや』も・・・。キミが日本の風習に興味があるのを知って、美津子さんは教えてくれたんだと思うけど、言い忘れちゃったのかな?今は使わないって・・・」
「そうなの・・・?」
ちょっと間が空いた後、また花火が上がり始めた。
あれきり、フランは「たまやー」とも「かぎやー」とも叫ばなくなってしまったけど、でも、無言のまま、その蒼い瞳を輝かせてじっと花火に見入っていた。
ふと気がつくと、フランは美津子さんが着付けてくれた浴衣に合わせて、珍しく髪を結い上げていたんだけど、白い項に残っていた後れ毛が、風に揺れている。そのさまが、なんだか、ミョーに艶めかしく見えてきて・・・。
このままだと・・・と思いだした頃、数十発の花火が連打されて(スターマインと言うヤツらしい)花火大会は終了した。
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2003/10/30