親の心   子の心

このページの壁紙はFuzzyさんからお借りしています。


「ぎゃ〜〜〜〜 っっ!!」




ある日の深夜、静かだった研究所内に時ならぬ悲鳴が響き渡る。
すわ、敵襲かとばかりに、メンバー全員がスーパーガンを手に悲鳴の起こったギルモア博士の部屋の前に駆けつける。
鍵のかかったドアを蹴破って全員がわらわらと室内になだれ込み、次の瞬間にはギルモアを取り囲み後ろに庇うようにして、てんでの方向に向けてスーパーガンを構える。
時間帯が時間帯なので、就寝中だったのだろうパジャマ姿の者、入浴中のところを腰にタオルを巻いただけでここに駆けつけた者、晩酌中の赤味を帯びた顔のまま飛び込んだ者、皆てんでバラバラないでたちだが、それでも一様にキッとした、真剣な面持ちで今はまだ見えない敵に対して防御&迎撃の体勢を取っている態(さま)は流石としか言いようがない。


「ど・・・どうしたんじゃ、君達。」
拍子抜けするようなギルモアの声に、全員が構えた銃はそのままに一瞬だけ視線をギルモアに移す。
そして、見たものは・・・。
頭の下に手を組み仰向けに床に横たわる、ギルモアの姿。顔面蒼白ではあるが、外傷はなさそうだ。

「どうしたも、こうしたもねぇぜ。」
「博士の悲鳴を聞いて駆けつけたんですよ。」
ジェットとピュンマが、それぞれ銃口を向けた方向に視線を戻したままギルモアの問いに答える。
「大丈夫。室内への侵入の形跡もないし、敵が近くにいる気配もないわ。」
ギルモアのすぐ横に膝をついて、ギルモアの身の安全を確保しつつ、注意深く辺りを探っていたフランソワーズの報告に、一同は安心して構えていたスーパーガンを下ろし、ギルモアを取り囲むように集まった。彼がそのままの状態なので、クーファンごと宙に浮いているイワンを除いた全員がしゃがみこんだ。

「じゃ・・・、さっきの悲鳴はどうしたんですか?博士・・・」
ジョーがギルモアに問うと、皆が「そうそう」とばかりに相槌を打つ。

「ひ・・・悲鳴・・・?」
裏返った声で答える当のギルモアは、心外そうな顔をしている。
「そりゃ、もう、派手な悲鳴だったアル。」
「そ、まるで、ボロ雑巾を引き裂いたような・・・」
「ちょっと・・・グレート、それを言うなら『絹を裂くような』だろ?」
この中で一番日本語に詳しいジョーが訂正する。

「あれが、『絹を裂くような』って言えるのか?」
知ってか知らずか、グレートは「絹」の一言をヤケに強調した言い方をした。
「あれは、どう贔屓目に見ても、イヤ聞いてもだな、ボロ雑巾以上には・・・」
「グレート、それ、言い過ぎ・・・。」
不満顔のグレートに、ジェロニモが意見する。他のメンバーは、ジョーほど日本語に詳しくはないので(ま、当然と言えば、当然なのだが)、慣用句としての「絹を裂くような」という表現よりはグレートの言う「ボロ雑巾を引き裂くような」の方が、この場合はしっくりくるなどと思いながらも聞いていた。

「それにしても、博士、どうしたんですか?その恰好。」
アルベルトが不思議そうに尋ねる。
「そうですよ、敵襲でもないのに、博士が床に倒れていて、しかもその服装・・・一体、どうなさったんですか?」
フランソワーズが、至極心配そうに訊ねる。
ギルモアの服装は・・・いつものスーツでも部屋着でもなく、かといって、寝間着でもなく・・・。
つまり、いつもは絶対しない服装・・・、ジャージ姿だったのである。しかも、ジャージとお揃いの真っ赤なバンダナを汗止めよろしく額に巻いて・・・。見慣れていないせいか、はたまた、いささかお腹の出てている体型のせいか、かなり滑稽な恰好だったりする。早い話が似合わない事、この上ないのである。

「それは、そのぅ〜・・・」
と口をモゴモゴとさせ、かなり言いにくそうにしていたが、やがて、決意したように顔を上げた。
「ト・・・トレーニングをしていたんじゃよ。」

「えぇっっ・・・トレーニング???」
駆けつけた全員の素っ頓狂な声が思わず重なる。

「そうじゃ、トレーニングじゃよ。」
その反応のしかたをいささか不満に思ったのか、ギルモアの唇は少しだけ尖っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
百戦錬磨の一級戦士でもある彼らは、普段から徹底した危機管理計画のもとにあらゆる面での訓練を積んでいて、多少の事では決して驚いたりはしない。肉体的訓練のみならず、精神的な訓練もちゃーんと積んでいるのだ。こういう予想外の場面に出くわした時にも、冷静沈着に、その場の状況に素早く反応して対処できる・・・はずなのだが・・・。
だが、ソレにも拘わらず、今聞いたばかりのギルモアの答えがどうしても信じられずに皆、呆然としている。

敵の取る予想外の行動には多少の事では、いや、かなりの事でも、絶対に驚かないのだ(そりゃ、作戦の成功・不成功はおろか自分たちの生死にかかわることだから)が、どうやら身内のそれは、あんまり度が過ぎると面食らってしまうようだ。
身内の事はもう、知りすぎるくらいに熟知しているのであるから、その思考・行動のパターンなぞ当然わかりきっているはず(つまり予測不可能という事は絶対にあり得ない)という過信があるのだろうか?だから、その範疇(予測可能な範囲)を越えると、呆然としてしまうのか?
<コレハ、今後ノとれーにんぐぷろぐらむニ反映サセナケレバイケナイナ・・・>とトレーニングプログラム作成担当者の一人であるイワンは密かに思っていたりして・・・。

「博士、なんでまた、そんなコトをしようと・・・」
一番先に我に返ったアルベルトが理由を訊く。

「ワシも、今のままじゃイカンと思っての。で、その、なんだ、腹筋運動をちょっとな。」
「はぁ???」
全員思わず唖然とする中で、ギルモアは続ける。
「今のままでも、わしゃ、充分君達のお荷物になっとる。そして、これから年をとるに従って、ますます重荷になるじゃろう。もうコレ以上耐えられんのじゃよ。」
ギルモアは真摯な口調と面持ちで、全員に訴える。

「そ・・・そんな。僕達はそんなこと、1度だって思った事はありませんよ、博士がお荷物だなんて・・・。」
思いもかけないギルモアの言葉に、そう叫んだジョーの言葉とそれに重なるように、異口同音の8人分の異議が上がる。

「ありがとう・・・じゃが・・・、じゃが・・・ワシの為に君達が傷つくことにでもなったらと思うと、ワシゃ居ても立っておられんでのう・・・。思い悩んでいるよりもと思って・・・それで・・・。
君達の誰一人として、ワシは失いたくない。傷ついて欲しくない。その為ならば、ワシはどんなことでも・・・」
思いもかけず、普段から思い悩んでいた事を吐露する形になってしまい、ギルモアの目には涙が浮かび、鼻がヒクヒクと動いている。その姿は、かつてBGでその腕を振るってきた天才的な科学者のものではなく、ただひたすらに子供達の幸せを願う、一人の年老いた親の姿であった。

「あの時、博士は僕達におっしゃったじゃないですか。0010が襲ってきた時に。」
ピュンマがギルモアの言葉を遮るように言う。
「そうアルよ。ワテらの能力は、『闘いに向くもの、防御に向くもの、それぞれ特徴がある』って、確かにそう言わはったよ、博士。」
ピュンマの言葉を、張々湖が引き継ぐ。
「だから、博士は、博士にしかできないことを精一杯してくださればいいんです。」
「私達が、個々の能力だけではとうてい勝てないような相手にも、みんなのチームワークで打ち勝って来られたのは、博士のあの言葉があったからこそなんです。」
ジョーとフランソワーズの二人が続ける。
「博士は、私達にとっては父親同然なんです。誰が重荷だなんて・・・」
とフランソワーズまで涙声になる。

「博士、もし、本格的にトレーニングをするんであれば、なにも、いきなり腹筋運動からなんて無茶をしないで、まずはラジオ体操みたいな軽い運動やウォーキングあたりから始めないと・・・」
祖国の革命運動に携わっていた頃は、同士の強化訓練にも関わっていただけあって、ピュンマはそちらの方の知識も豊富らしい。

「そうですよ。無茶をすると、怪我をしたり、ぎっくり腰になったり・・・!!!」
ロクなことにならない・・・と言いかけて、ふと思い当たったアルベルトは
「おい、フランソワーズ、博士の腰を透視してみてくれ。筋肉の様子はどうなっている?」
「え?」
突然のアルベルトの指示に、少々びっくりしたフランソワーズが、ギルモアの腰を透視する。
「腰の周りの筋肉が、炎症を起こしているわ。まるで捻挫したみたい・・・。もしかして、これって・・・」
「そうか、やっぱり・・・」
図らずも、アルベルトと博士が同時に、納得が行ったというように呟く。

「あはは・・・やっぱり思った通り、ぎっくり腰かの〜」
照れ隠しのように力なく笑いながら、ギルモアは自ら診断した(予想していた?)自分の病名を皆に発表した。

「は〜か〜せ〜・・・」
安心したのと、ギルモアの「親心」がよくわかったのとで、こちらも涙目になりながら「っとにもう、カンベンしてくれよな〜」とでも言いたそうな表情でギルモアの顔を見る。
「いやぁ〜〜、すまん、すまんかったのう〜。」
そう言って、頭を掻こうとして先ほどから頭の下にあった手を動かすとその微かな振動でさっき痛めたばかりの腰に激痛が走り
「う゛・・・」
と顔を顰める。

「ま、とにかく博士をこのままにしておくわけにはいかないから、ジェロニモ、博士をベッドに移してくれ。」
と、アルベルトが冷静に指示を出す。
「うむ・・・」
「チョット待ッテ。博士ハ今、少シデモ衝撃ヲ与エルト腰ニ激痛ガ走ル状態ダカラ、ボクガ観念移動(てれきねしす)デ運ブヨ。」
「うむ・・・。頼む。」

「博士、チョットゴメンネ。」
ギルモアの意識がなくなったと思った瞬間、その姿はふっと掻き消え、それとほぼ同時にベッドの上に現れた。
「いつもながら、イワンの観念移動(テレキネシス)は見事アルね〜。ワテも1度でイイから使ってみたいアルよ。」
感心半分、羨ましいのが半分入り混じったような面持ちで、張々湖が空中のイワンを見上げる。

「お、おい、イワン、博士と一緒に板ッキレまで動かしちまってるぜ。」
「イインダヨ、じぇっと。軟ラカイべっどハ、腰ノ辺リガ沈ミコンデシマッテ腰痛ノ人には負担ガカカルンダ。ダカラ、まっとれすトべっどぱっどノ間ニ板を差シ込ンデオイタンダ。」
「ちぇ、お前は赤ん坊のクセにいっつもやる事にソツがなさ過ぎて可愛げがねぇな・・・。」
と口では悪態をついているが、ジェットの目には「サスガだな」という尊敬がこもっていたりするから、事情を知らない人間が聞いたら驚くようなこの言葉も彼らは笑いの材料にしかならない。
しかも、
「ボクマデ、君ノヨウニ”ソツ”ダラケニナッタラ目モ当テラレナイカラネ!」
イワンの返した言葉がこれであるから、そりゃ、もっともだと言わんばかりの(?)笑いが当然起きる。

「ソウダ、ジェロニモ、君ガ日曜大工用ニ買ッテオイタ板ヲ、拝借シチャッタンダ。事後承諾ニナッチャッテ申シ訳ナイケドネ。」
「気にしなくていい。博士の為だから・・・。」
「ソレカラ、ふらんそわーず、明日ニナッタラ、博士ニ薬ヲ飲マセテアゲテネ。
処方箋、書イテオクカラ。」
「ええ、わかったわ。朝食後でいいのよね?」
「ウン。消炎鎮痛剤ヤ筋弛緩剤モアルカラ、食後ノ方ガ胃ノ負担ガ少ナクテイイカラネ。」
先程、ジェットが感心した(?)とおり、イワンはソツなく事後処理をこなしていく。

「ミンナ、博士ハコノママ朝マデ寝カセテオクカラ、君達モ早ク寝タホウガイイヨ。」

「ソレカラ、ふらんそわーず、悪イケド、ボクニみるくヲチョウダイ。能力(ちから)ヲ使ッタラ、眠クナッチャッタシ、オ腹ガ空イチャッタヨ。」
小さな欠伸をひとつすると、イワンは空中のクーファンからふよふよと下りてきて、フランソワーズの腕の中に収まった。
イワンを抱いたフランソワーズはにっこりと微笑むと、
「はいはい、とびきり美味しいミルクを作ってあげましょうね〜♪」
そう言って、ギルモアの部屋を後にして階下にあるキッチンに向かった。
「あ、ボク、手伝うよ。」
そう言ってジョーも後からキッチンへと消えた。

「へん、さしもの超能力ベビーも、ああやってフランソワーズに甘えているところは、ただの赤ん坊だな。」
さっきやり込められた仕返し(?)にジェットがそう言うと、
「違いない!」
グレートが相槌を打つ。

「イワンがいくら頭が良くても、赤ん坊には変わりがない。甘える事も必要なんじゃないのか?」
「赤ん坊が甘えるのは、自然な事。イワン、赤ん坊だから、当然。」
アルベルトとジェロニモがイワンを弁護するように言う。そこへ
「そうそう。それに、甘えているくらい、可愛いもんじゃないか。ぐずって超能力を使っていろんな物を飛ばして研究所中をメチャクチャにされるのに比べたらさ。」
とピュンマが・・・。そして
「そうだよな〜、あん時は大変だったモンなぁ〜、後片付けが・・・。」
グレートがピュンマに相槌を打つ。

「そういえば、研究所の部屋って全室完全防音になっているはずだよな?」
ジェットがふと思い出したように話題を変える。
「なんで、博士の悲鳴が聞こえたんだ?」

「イワンの仕業だろう。アイツが俺達にテレパシーで博士の悲鳴を聞かせたんだ。」
「そんなこともわからなかったのか?」と言わんばかりにアルベルトが答える。
「なんでだ?」
まだ理解できないジェットの頭の周りには???が飛び交っているようにも見える・・・。
「わからないか?
博士が思い悩んでいる事を知らせたかった、そうだろ、イワン?」

<エヘヘ・・・ばれテタ?>
イワンの声が頭の中に響く。
「な・・・イワン、お前、聞いてやがったのか。ミルク飲んでたんじゃないのか?」
<モウ、飲ミ終ワッタヨ。今カラソッチノ部屋ニ帰ルトコロサ。>
「バレてた?じゃないだろう?お前のことだ、俺達がお前の目論みに気づかないわけがないってことぐらい、わかっていただろうが!」
<サスガダネ。あるべると。>
別段悪びれる風でもなく、イワンがシレッと受け流す。
「ふん、長い付き合いだからな。」
「気がついていないのは多分君だけだよ、ジェット君」
グレートが少々からかうようにおどけて言う。

「いーーや!!、あの、極楽トンボのジョーとフランソワーズだって、どんなもんだか、怪しいぜ!」
<失礼ね!>
<君にだけは、そんなこと言われたくないね!>
ジョーとフランソワーズの声が脳波通信で全員の頭の中に聞こえてきた。フランソワーズは自身の能力のお陰で、ジョーはイワンの中継(?)のお陰で、ここでのやり取りの中身を知っていたのだった。
「ってことは、本っっ当に、俺だけか?」
信じられないという風に、念を押すジェット。周りを見回すと、全員ニヤニヤと笑っている。

「まぁ、気にしない、気にしない。」
「気がついていようがいまいが、思いはひとつ、ってわけだ。めでたしめでたし、じゃないか?」
冷静沈着、頭脳派コンビのピュンマとアルベルトに言われて、
「そ、そうか・・・。ま、いいか・・・。」
無理矢理自分を納得させる、ジェットだった。

「さぁて、夜も遅いし、皆寝るヨロシ。」
<ウン、僕モ、モウ寝ルヨ。オ腹モ一杯ニナッタコトダシネ。>
イワンがクーファンごとテレポーテーションでギルモアの部屋に現れここにいる全員が見守る中、定位置である机の上に着地した。
<ボク達も寝るよ、明日の朝も早いからね。>
<みんな、おやすみなさい〜♪>
ジョーとフランソワーズの脳波通信が聞こえ・・・。

「うむ、俺も寝る。」
「僕も寝る・・・。あ、その前にお風呂入り直さなきゃ・・・。湯冷めしちゃったようだし・・・・・・ふぇ・・・・くしょい。」
ピュンマのくしゃみに、笑い声が起きる。

そして、
「俺は、飲み直す。なんだか、目が冴えちまってよ〜。」
先ほどのショック(?)が冷めやらぬ様子のジェットが言う。
「なら、俺も付き合ってやるか。」
「ああ、頼むぜ。一人でしんみり飲むなんて性に合わねぇからな・・・。」
「ならば、我輩も付き合って進ぜよう!」

飲み直し組のジェット、アルベルト、グレートはリビングへ、それ以外の就寝組&入浴組はそれぞれの自室に戻って行き、ギルモア研究所に、静かな(あ、酒宴の行われているリビングは除いて)夜が戻ったのだった。




               map / menu /next


                                      2004/09/03