焼いもの詩

このページの壁紙はNOM’S FOOD ilusteratedさんからお借りしました

この季節になると、フランが心待ちにしている、あるモノがやってくる。
”モノ”といっても、物ではない。かといって、人というのも、ちょっと違うのかな?
ボクの貧困な表現力では、”モノ”とカタカナ表記するのがやっとかな。

コトの始まりは、2年前にフランがバレエ教室で勧められたことなんだけど、それ以来、彼女はイタク”それ”がお気に召してしまったというわけなんだ。

「パリの街で冬になると売っている”焼き栗”に似ているかな・・・
でも、それよりも、しっとりしていて、甘味も強いわね・・・」
これが、彼女の”それ”に対する評価だ。

カンのスルドイ人ならばもう、お分かりなんだろうな・・・。
そう、”それ”って、焼きいものことなんだ。
そして、”あるモノ”とは、それを売っている”焼きいも屋さん”のことなんだ。

研究所は、街からかなり離れた場所にあるから、当然焼きいも屋さんはココまでは来てくれない。
だから、フランは、焼きいも屋さんが来る頃になると、ここから一番近くにある公園まで出かけていくんだ。
当然、彼女は焼きいもやさんが何時ソコに来るかについては熟知しているし、焼きいも屋さんとは顔馴染だったりする。

馴染みの焼きいも屋さんが公園に来るのは、週に3日。時刻が近づいてくると、フランは決まってボクを公園に誘うんだ。
彼女に誘われて断れるわけなんてないから、当然、ボクも公園に行くし、焼きいも屋さんと顔馴染になってしまった。まぁ、いいんだけどね・・・。

以前、ボクが所属するレーシングチームの事務所の女の子から聞いたんだけど、焼きいもを買うのって、女の子にはすっごく勇気がいることなんだって?ボクには信じられないんだけどさ。
で、よく観察していると、若い女の子達は、本当にそそくさと買っていくんだ。嬉しそうな顔をしているんだけどね。不思議だよね。

でも、フランは違う。焼きいも屋さんと堂々と立ち話をしたりしながら買っている。
あんまり長時間立ち話をしていたものだから、買った焼きいもが冷めてしまって、「これじゃ申し訳ないから」と、焼きいも屋さんがお芋を取り替えてくれた事も何度もあるんだ。「お嬢さんは、いつもきてくれるから、サービスだよ!」なぁんて言っちゃってさ。

余談になっちゃうんだけどさ、この焼きいも屋さん、何時の間にか彼女の名前を知っていてさ、
「フランちゃん、いつも来てくれてありがとうねぇ〜」
なんて、言ったことがあるんだ、ボクの目の前でさ。
あんまり親しげに言うもんだから、ボク思わずむかついちゃって、モノスゴイ目をして睨んでいたんだ。で、件の焼きいも屋さんは、ボクの視線にオソレをなしちゃって、それ以来、ボクの前では絶対に「フランちゃん」なんて、呼ばなくなったんだ。



ある日、既に日課になっている、焼きいも購入のために、ボクはフランに連れられていつもの公園にやって来た。
ボクたちはいつもの時間にやってきたんだけど、肝心の焼きいも屋さんは一向に現れない。もう、帰ろうとした頃に現れたいつもの焼きいも屋さんは、1人の男性を隣の席に乗せていた。

「このお嬢さんだね?キミが言っていたのは・・・!」
「え?まぁ・・・・。」
彼が隣に乗せてきた、パリッとした身なりの男性(年齢は50才台くらいかな、白髪交じりだが、上品な印象で、焼きいもにはおよそ似つかわしくない雰囲気だ)は、車から飛び降りるとフランに駆け寄り、無遠慮に頭の先からつま先まで眺め回した。
(ナンなんだ、コイツ・・・)
その風貌に凡そ似つかわしくない、失礼極まりない行動に、ボクは段々とムカムカして来た。

すると・・・彼は
「失礼!お嬢さん、私はこう言う者です。」
渡された名刺には、
「全国焼きいも屋連盟 会長 -----------」
と書かれていた。  
”会長”は、ココで初めて彼女の隣にいるボクに気がついて
「失礼ですが、アナタは・・・」
おそらく、ボクは彼女の何なのかってコトなんだろう・・・。

ボクは咄嗟に
「ボクは彼女の夫ですが、妻に何か?」
そう言った。
横では、フランが顔を真っ赤にして、ボクの横腹をつついているけど、構うものか。
ボクの戦士としてのカンが「彼は危険だ」と言っているんだ・・・

「え?結婚してらっしゃるんですか?」
”会長”は、ボクとフランの顔を交互に見比べて信じられないという顔をしている。
その表情にムっとしたボクが
「いけませんか?」
と言ったら、
「あ、いえ、あまりにもお若いものですから・・・」
と言い訳めいた事を言った。ふん、大きなお世話だ・・・。

「あの・・・その、焼きいも屋連盟の会長さんが、私に何かご用なんでしょうか?」
フランがオズオズと切り出した。
そうそう、是非それを聞きたいもんだね。
まさか、彼女をナンパしようなんてことはないだろうけどさ・・・。

「あなたに、ミス焼きいもとして全国の焼きいも屋のポスターに出て頂きたいんです。」
「!!!!!」
ボクもフランもあまりのことに、唖然としてしまった。
「お願いです。お嬢さんに、あ、いえ、奥さんにぜひお願いしたいのです。」
まだ、唖然としているボクたちの様子を見て、”会長”は、ナンと思ったのか、
「もしもお気に召さないのであれば、ミス焼きいもというのは取っちゃっても構いません。
どうしても、あなたにポスターに出ていただきたいんです!!」

”会長”が熱弁のあまりに、フランの手を取っているのに気がついたボクは、またしても、彼をにらみつけていたらしい・・・。
「あ・・・失礼・・・つい・・・。」
”会長”は慌てて、フランの手を解放した。
そして、事ココに至る経緯を、彼は話し出した。


ここ何年にもわたる不況でさしもの食品業界もかなりの打撃を受けている。
普通の食料品ならばまだしも、、焼きイモのような嗜好品ならば尚の事。
ソコへもって来て、焼きいもはどういうわけなのか、「若い女性が買うのは恥ずかしいモノ」というヘンなイメージが纏わりついている。
この、不当極まりないマイナスのイメージと、長年の不況が相俟(あいま)って、近年焼きいもに売上高は、頭打ちどころか底ばい状態である。

この、忌々(ゆゆ)しき事態を打破する為に、連盟は、一つの打開策をみつけた。
それが、今回の、ポスター作戦なのだ。
彼女(もちろん、フランの事だ)のように、焼きいもを愛して止まない、美しい女性が、(たとえポスターとは言えども)販売車から、にっこりと微笑もうものならば、必ずや、焼きいもの売上は、倍増しようというものだ。


要約すればこんな事を、”会長”はとうとうと述べ立てた・・・。
あっけに取られて、呆然としているボク達の様子を、「自分の演説に聞き惚れている」と自分に都合よく勘違いしたらしい”会長”は性懲りもなくフランの手を握り、
「ぜひ、あなたにお願いしたいのです。あなたしか考えられないんです。
どうか日本の焼きいも文化を救ってください!」
などと、ワケのわからない事まで言い出した。

フランは・・・と見ると、やっぱり、困ったような顔をしている。
そりゃそうだろうな。
いきなり、「焼きいも文化を救ってください!」なんて言われたってさ・・・。
それに、ボク達にも事情ってものがある。
フランの写真がポスターになって、あちこちに・・・なんて、事態は、ナンとしても避けなければならない。
どこの誰ともわからない男に、フランのポスターが盗まれて・・・なんてこと、想像だってしたくない。
あ、いや、そんな事はあっちにおいておくにしても、とにかく、困るものは困る・・・。

「コホン」
咳払いをして、フランの手から、”会長”の手を払いのけ、ボクは彼にこう言った。
「”会長”さん、お手伝いしたいのはヤマヤマなんですが、ボク達にはそれができない事情がありまして・・・」
(え?ジョー、まさか、私達が・・・)
驚いたフランが脳波通信でそう言ってきた。

ボクは彼女には応えずに続けた。
「実は、ボク達、両親に結婚を反対されて、それで、駆け落ちしちゃったんですよ。
彼女の両親も、ボクの両親も、今でも人を使って世界中を隈なく捜し回っている・・・。
だから、申し訳ないけど、協力はできないんです。」

(ちょっと、ジョー・・・!)
彼女の非難するような通信が届いてきた。
(仕方がないじゃないか・・・本当の事をいうわけには行かないんだし、これくらいのこと言わなきゃ、納得してもらえないよ。)

「だったら、絶対にあなた方の身元がわからないようにします。カメラマンなどのスタッフにも、固く口止めします、いや、最初から明かさなければいいんだ。そうすれば、間違ってもあなた方の身元が漏れることはない。ですから、ぜひとも!!・・・」
シツコイ人だ・・・。ボクは心底そう思った。ボクらと関わっているとわかったら、彼らだって無事に済まないと言うのに・・・。

「実際、それは不可能ですよ。ボクらの両親はどんな手を使ってでも、ボクらを探し出そうとする。
ついこの前だって、彼女の両親の配下の者達が、いきなり踏みこんできて。彼女を掻っ攫おうとしたんです。、やっとの思いで逃げ出してきたけど・・・。ボクの両親がヤクザを使ってボク達の居場所を聞き出そうとした・・・っていうこともあったし・・・。
あなた達に迷惑をかけてしまうことはわかりきっているんです。
だから、このお話はお引き受けできません。」

(ジョー・・・あなた・・・あのねぇ・・・)
(だって、こう言うしかないだろう?それに、ボクはまるっきりデタラメを言っているわけじゃないしさ)
ボクらの両親じゃないけどさ、ボクらのことを、世界中捜し回っているヤツがいるのは本当だし、ボクらに関わると大変なコトになるのも本当だ、悲しいことだけど。
(そりゃ、そうだけど・・・。もしかして、楽しんでない?)
(あはは・・・わかっちゃった?)

「わかりました。このお話はなかった事にしてください。私としても、あなた方にご迷惑はかけたくない。
大切な焼きいもファンを失くすことになってしまいそうですし・・・。」
”会長”は、また!フランの手を握っている・・・。
「ナニか困ったことがあったら、遠慮なく私に言って下さい。焼きいも連盟の総力を揚げて、あなた方のお役に立って見せますよ。」
「は・・・はぁ・・・・。」
ソコまで言われてしまっては、ボク達は苦笑するしかなかった・・・。
それにしても、この”会長”さん、公私混同も甚だしいような気もするけど・・・。

「じゃぁ、私はコレで失礼しますよ。」
”会長”は、焼きいも屋さんと一緒に立ち去って行った・・・。
その時、ふと、或る事に気づいてしまった・・・。

「おいも・・・」
そう、あんまりなコトの成り行きに、焼きいもを買うのをすっかり忘れてしまったんだ。
「忘れちゃったわね・・・」
思わず、顔を見合わせて苦笑してしまった・・・。

と、ソコへ、焼きいも屋さん(”会長”ではなく、いつもの人だ)が走ってやってきた。
「すみません、ウチの会長がご迷惑をおかけしました。」と、ペコリと頭を下げた。
「悪い人間じゃないんですけどね、すぐ一人で暴走しちゃうんですよ。
今回のコトだって、昨日の焼きいも屋連盟の会合で、他のヤツからあなたの事を聞いた会長が、即決しちゃったんですからね。
行動力があるのは認めるけど、何ていうか、思いこんだら命懸けと言うか、周りの迷惑顧みずというか・・・。
とにかく、あなた方には本当に、ご迷惑をおかけしました。
あ、それから、これ、お詫びのシルシ・・・。また、買いに来て下さい。」

そう言って彼は、焼きいもがドッサリと入った袋をフランに手渡した。
うぅ〜ん、この大きさからすると、20本はかたいかな・・・。

「もちろん、また来ますわ。
それよりも、こんなに戴いちゃっていいんですか?」
「ボクのほんの気持ちですから・・・。ぜひ、受け取ってください。
じゃ、ボクはこれで・・・それから、お二人とも、お幸せになってくださいね、頭の固い親なんかに負けちゃいけませんよ!」
それだけ言うと、彼は走り去って行った。

後には、ボクとフランと焼きいもが入った袋が残された。
「貰っちゃったのはいいんだけど、このお芋、どうするの?フラン・・・」
「この近所にお友達が二人いるから、彼女達に5本づつ押しつけちゃいましょう。残りは私達と博士、あ、今日はお店がお休みだから大人とグレートもいるわね。5人で1本づつ。余った5本は、大人にお料理してもらうっていうのはどうかしら?」
そうだね、それがいいかも・・・
ボクらはアツアツの焼きいもを抱いて、家路を急いだ・・・。






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                                                2003/11/22