5人が辿り着いたのは、元の時間から2週間ほど前の東京近郊のとある町にあるちょっとというよりかなり古ぼけたマンションの前。
時刻は夜中・・・というよりもまごまごしていると夜が明けてしまいそうな時刻。
他の5人が身支度をしている間にイワンとピュンマが問題の週刊紙の編集社のコンピューターに侵入するなどして、記事の書かれた時期そして、記事を書いた人物とその人物のいる場所を特定しておいたのだ。
「彼ハコノまんしょんノ502号室ニイル。」
フランソワーズが透視能力を使って探索すると、件の男は机の前でノートパソコンを前に頭を抱えていた。
「記事を書いている真っ最中、ってわけか。」
「そうみたい。」
「さて、どうする、イワン?
踏み込んでヤツを締め上げるか?」
「もう、荒っぽいわね、ジェット。」
「トニカク、彼ノ部屋ノ中ニ入ロウ。イクラ夜明ケ前トイッテモ人目ニツカナイ保証ハナイカラネ。」
辺りを見回すと、町のほとんどは寝静まってはいるが、起きている人間が皆無というわけではなく、灯りのついている部屋もチラホラとあるのだ。
それにぐずぐずしていると朝刊の配達のバイト学生にみつかっちゃうとか、もっとやっかいな巡回中のおまわりさんなんかにとっ捕まっちゃう可能性だって否定できないのだ。
いくら私服で来ているとはいえ、このメンバーでは職務質問されても不思議はない。
そこで5人はジョーとジェットの加速装置で目的の部屋の前まで移動すると、まずイワンが住人の意識を失わせてから中に入った。
「あら、鍵がかかってなかったのかしら・・・。」
イワンが超能力を使った風もないのに、問題なく開いたドアに訝しげなフランソワーズ。
「ったく、無用心ね・・・」
そのお陰で力ずくで鍵をこじ開けるとか、イワンのテレキネシスで鍵を開けるなど面倒な事をする必要もなく、難なく部屋の中に入れたのをすっかり忘れているようだ。
玄関を入ってすぐの簡単な作りの台所を通り抜けその先の居室のドアを開けると、コタツのに凭れるようにして眠りこけている男の姿が目に入った。
男の一人暮らしとはいえ、ほとんど家具らしいものがなく見事なくらい殺風景な部屋。そののど真ん中にあるコタツの男の周りにだけカップラーメンやスナック菓子の空き袋、ドリンク剤の空き瓶が散乱していて足の踏み場もない有様だ。
「この辺りだけ見ると、ジェットの部屋とイイ勝負ね。」
クスッと笑ったフランソワーズに
「うるせぇ。ほっとけ。」
と当のジェットが舌打ちをした。
コタツのテーブル部分には男が撮って来たと思われる写真がこれまた散乱している。
ジョーとジェットを隠し撮りしたと思われるものが数十枚、そして、ギルモア邸の写真も数枚あった。
邸の周りを歩き回った(嗅ぎ回った)のであろう、ガレージにジョーとジェットの車がご丁寧にも隣同士に停めてある様子や、南側にある庭の様子まで撮影されていた・・・。
ギルモア邸にあった問題の写真週刊誌にはこれらの写真は掲載されていなかったはず。
ということは、次号掲載予定の写真なのだろうか・・・。
「まずいな、これは・・・」
ガレージはジョーとジェットの車2台分にしては広すぎる。この写真を見れば他の車も数台あることは明白だ。
「まぁ、二人とも運転に関してはプロだから、車を複数持っているって言い訳しても不自然じゃないが・・・」
そう、問題は、庭に干されている洗濯物の写真。
他のメンバーの服はまだいいとして、見るからに特殊なサイズ(失敬!)の張大人の中国服やギルモア博士の部屋着、特大サイズのジェロニモの服、極めつけはイワンのベビー服やフランソワーズの服はどうやって言い訳するのか・・・。コスプレ趣味・・・といおうにもあまりにもサイズが違いすぎる(二人の体格ではどう考えても着られっこないのだ)・・・。いっそ、等身大の人形のものだとでも言い張るか?それで当座はごまかしきれたと仮定しても、今度は恥ずかしくて街を歩けなくなってしまう・・・。
よってごく普通の感覚をもってして推論していくと「数多くの人間がここで生活している」という結論に達してしまうのだ。
おそらく男はジョーとジェット、そしてこれらの洗濯物の持ち主たちとの関係に興味を覚えることだろう。そして、当然それを調査し始めるとすると・・・
いや、もう調査し始めているのことだって充分ありうる。
現に、元日にフランソワーズが彼の気配を感じた場所、ジョーの部屋は東南の角部屋で、北側にある邸の入り口からはかなり距離がある。こういう輩がちゃんとした門や玄関を経由するかは甚だ疑問であるが、しかし、ギルモア邸警備は非常に強固で(もちろん、外部からそれとはわかりにくいのだが)、その道のプロそれも、それこそBG並みの熟練者でなければ他の場所から進入するのは難しいはずだ。
「とにかく、早い段階で気づくことができてよかったよ。」
とあくまでのんきなジョー。
記事を掲載した週刊誌が多くの人間の手に渡ってしまった時点で、すでに早いとはいえないと思う。
だからこそ、こうやって非常手段を講じて、違う時間までやってきているのだが・・・
「で、どうするんだ?」
ノアの問いに
「マズ、彼ノ書イタ記事ヲ完全ニ削除シテ、僕ガ用意シテキタ記事ニ書キ換エル。モチロン、ココニオイテアル写真モ全テサシカエル。」
イワンの指示の下、フランソワーズが念入りにPCのデータを調べ、例の記事とそれ関連のファイルを洗い出し(もちろん、隠しファイルの存在も念頭に入れ)それをイワンが用意してきたUSBの記事と入れ替えた。
その間に他の3人は画像をさし替えたり、他にもヤバそうなものを隠していないか家捜しをした。
もちろん、あとで男に不審感を抱かせないよう、探した場所を元の状態に戻しながらである。
ノアは最初
「そんな、泥棒の真似なんて・・・」
と拒んだが、
「お前、この作戦が失敗したらどうなるかわかってるのかよ!」
とジェットに一喝されて考えを改めた。
ジョーたちにとってもこの問題は生活の根底を揺るがす大問題であるが、ノアにとっては自分の存在そのものが危ぶまれる死活問題でもあるのだ。
この男の書いた記事が元でジョーとフランソワーズの関係に何らかの変化があった場合、ノアやその先祖たちは生まれてこないかもしれないのだ・・・。
「冗談じゃない!」
自分が存在がなくなるかもしれない・・・そんな縁起でもない想像を打ち払おうとでもするかのように大きく頭を振り、ノアは泥棒行為もとい探索活動に精を出した。
元々男の部屋は10坪足らずの1Kの小さな部屋で、しかも侘しい男の一人住まいのせいか殺風景なほどに何もない部屋であったので(記事を書いていたコタツの周りだけはかなり散らかってはいたが)、それほど苦労することもなく10分ほどで作業は終わった。
もちろん、3人が探した後、パソコンのデータすりさし作業を終えたフランソワーズが念入りに探索して、記事の抹消は終了した。
あとは、例の記事の記憶を消去して代替の記事に関しての記憶を男に植え付けるだけ。
これに関しては完全にイワンの独壇場で、とはいうものの、イワンの目が光ったかと思ったその一瞬で事は終わってしまった。
「ところでさ、イワン。さし替えた記事って、どんな記事だったの?」
「知リタイ?」
「ああ。」
「アル政治家ノ汚職事件ニ関スル記事ダヨ。」
「「「「え?」」」」
「モチロン本当ニアッタコトサ。」
「なんだって、そんな大事件・・・。」
「いいのかよ、そんな記事をコイツに書かせっちまって・・・」
「ウン。モトモト彼ハソッチノ方ニモ興味を持ッテイタヨウダッタカラ・・・ソノ関連ノ知識モ植エツケテオイタヨ。
ダカラ、彼ハモウ有名人ノごしっぷ記事ナンカ書ク気モ起コサナイヨ。
ツマリ、じょートじぇっとハ完全ニ彼カラ解放サレタトイウワケサ。」
「でも・・・」
「『過去ヘノ干渉ハ最小限度ニシナクチャイケナイ。』って言ってた割には、影響が大きすぎるんじゃない?」
「ソンナコトハナイサ。実ハ記事ヲ掲載シタ週刊誌が発売サレル前日に警察ノ捜査班ガ彼ノ関係する全テノ場所に踏ミ込ンダンダ。相当量の証拠ヤ証拠物件が押収サレタ。ダケド、彼ニハ黒幕トモ呼ベル人物ガイテソイツガソノコトヲ揉ミ消ソウトシタ。」
「・・・」
「ソコヘ、コノ記事ガ発表サレレバ、ドウイウ事ニナルカ・・・ワカルヨネ?」
「「「「「・・・(冷汗)」」」」」
「悪ハ滅ボサナクテハナラナイシ、不正ハ正サナケレバナラナイ。」
「「「「・・・・」」」」
「僕達ハ、ホンノチョッピリ、警察ノ後押シヲシタダケサ。」
今更だけど・・・空恐ろしい赤ん坊だ。絶対に敵に回したくない・・・。
そんなことが全員(もちろんイワンを除いて)の頭を過ぎった・・・。
そんな数秒間の沈黙の後・・・ふとフランソワーズが口を開いた。
「それにしても、よくこんな短時間に代わりの記事や写真まで用意できたわね。」
「アア、ソレハネ」
いくらイワンといえども、ココに来ているメンバーが身支度をしているわずかな時間にここまでのものを用意することは不可能である。
数ヶ月前、ある予感がしたイワンは極秘裏にとある政治家のことについて調べまわっていたのだ。
もちろん、いくらエスパーといっても赤ん坊であるイワンには限界というものがあるので(たとえば関係者の証言を聴取するとか、証拠写真を撮るとか)、ピュンマやアルベルトに手伝ってもらっていた。
3人で調べた事実や証拠の類をギルモア邸のパソコンに入力し分析。そしてそれを記事の形に纏め上げ、今、ここに来ているメンバーが支度をしている間にアルベルトがデータをUSBにコピーしたというわけだ。
「「「「ふぅ〜〜〜ん」」」」
イワンの種明かしに納得&感心している面々。
「グズグズシテハイラレナイ。
モウジキ、夜ガ明ケル。人ノ動キガ多クナッタラ厄介ダ。」
いつ何時であっても冷静沈着なイワンの一言に皆が我に帰る。
「のあ、頼ムヨ。」
「ああ。」
フランソワーズが、自分達がやってきた時と同じ状態に部屋が戻っていることを確認すると、来たときと同じように辺りを光が包み、そして、全員の姿が陽炎のようにゆらりと揺れそして掻き消えた・・・。
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